第89話「黄金郷への誘い」
「未来の魔王様に献上する、お菓子を用意しました」
「美味しいですよぉ」
「お菓子の家でございます」
んん? 何だ?
老婆共の指差す先を見ると、大きな家が建っていた。
甘ったるい香りが漂ってくる。屋根もドアも窓も、全てが甘いお菓子で出来ていた。
私は顔を顰めて言った。
「・・・・・・どういうつもりだ?」
「どうぞお食べ下され」
「極上のお菓子ですよぅ。ヒッヒッヒッ!」
老婆の一人がお菓子の家の一部をこそぎ取り、私の目の前に持って来て言った。
「ほれ、こんなに美味しい」
私の目の前でそれにかぶりついて見せる。クリームの乗ったそれは柔らかく、実に美味そうに見えた。
・・・・・・幻でなければ、だが。
吸血鬼は精神幻惑系の魔法に長けている。大抵の幻術は効かない。
私の目から見えるその菓子は薄く透けて見え、その正体は野ネズミの死骸である。こちらが眉間に皺を寄せて見ていると、老婆はそれを全部貪り食った。
「あいや、美味しかったので全部食べてしまいました」
「イーベルは食い意地が張っとるのぅ」
「まぁまだありますわい。ほれ、ケイオス様もお食べ下され」
これを私に食えというのか。全くコイツ等の真意が分からん。
お菓子の家に目をやると、小動物の死骸の山で出来ていた。漂ってくる腐臭に吐き気を催す。
「腐った死骸を私に食わせようというのか! 無礼であろう!」
私が手を一振りすると、影爪が老婆の喉を切り裂いた。
恥ずかしい話だが、私はちょっと感情的になってしまっている。吸血鬼としての力を解放したせいで、若干だが感情の制御が効かないのだ。
「代わりに、お前の血で贖え」
私は老婆の喉から吹き出す血液を遠隔で吸血した。
これは吸血鬼の血液操作の応用で、傷つけた相手の傷口から出る血を空中に飛ばして吸う事が出来る。
老婆の血液が宙を舞って、私の口中に吸い込まれてくる。
私はしばらくそれを味わってから、すぐに吐き出した。
「フン。やはり人間ではないな。まずくて飲めたものではないわ」
老婆の血は墨のように真っ黒で、腐った臭いがした。コイツ等、悪魔の類だな。
悪魔の血には闇のマナが流れており、真っ黒なのが特徴だ。
「グゲゲッ! カハッ、酷ォイィ〜ッヒッヒッヒッ!」
老婆が切り裂かれた喉を押さえると、すぐに傷が塞がった。
「婆の血など美味しくありませぬよぉ。こんな骨と皮ばかりの老婆を喰ろうても、美味くはありますまい」
「儂等にとっちゃあ、死骸はご馳走なんじゃ。吸血鬼ならイケるかと思ってみたのですがのぅ」
「お気に召されなかったようで。申し訳ありませぬ。悪気ではありませぬゆえ、何卒ご容赦を」
フン。食えないババア共だ。私は気が晴れなかったが、攻撃の手は止めてやった。
「……まあいい。このような事を続けるなら、お前等は私にとって不要だ。今なら見逃してやるから、立ち去れ。さもなくば殺す」
私は眼光鋭く老婆達を睨んだ。見た者に畏怖を感じさせる、精神幻惑効果が乗った眼差しだ。並の者なら脱兎の如く逃げ出す威力がある。
だがやはりというか、老婆達には効果が無いようだ。そんな気はしていた。コイツ等は精神幻惑系の幻術に精通していて、耐性があるのだ。
老婆達は飄々と言い返してきた。
「いやいや、こんなのは序の口でございます。魔王様の根城に相応しい場所をお教えしましょう」
「儂等は貴方様を黄金郷へとご案内する為に罷り越したのですじゃ」
「嘗て錬金術の叡智を極めた都。極め過ぎて技に溺れ、滅んだ死者の都!」
おお、なんてことだ。あの伝説の都が、本当に存在するというのか?!
凡そ錬金術師ならば誰もが一度は噂を見聞きした事がある伝説の都。
黄金郷の発見は、全錬金術師の悲願となっている。
「それは本当か?!」
私は思わず声を上ずらせて老婆に詰め寄った。
「えぇえぇ、本当ですとも」
「より高度な魔法での予言も、そこに行けば何でも出来ますよぉ〜」
「何でも揃う、何でも叶う! 貴方様は魔王となる! 魔王ケイオス様ばんざぁい!」
これには流石に心を動かされた。
現世に出て二十数年。魔王になろうと数多の画策を講こうじてきたが、どれも結実することは無かった。それが未だ嘗て無い展開を見せている。
ここで予言の魔女と出会ったのは、何か強力な運命によるものなのかも知れない。
「フハハハ! それを早く言え。案内するがいい」
私はすっかり機嫌を良くし、老婆達に案内されるままについて行った
老婆達は不思議な移動術を使う。空中に浮かぶ。
宙返りでクルクルと回転して消えたかと思えば、その先へ瞬間移動するように現れる。
私は空を飛んで追ったが、ともすれば見失いそうな程に老婆達も速い。空中を風から風へと飛び移って行く。




