第088話 「ケイオスと三人の老婆」
時は少し溯る。
ケイオスが勇者から逃げて、真っ暗な夜の森の中に逃げ込む少し前。
三人の老婆が闇の中で、幻術の灯りを中心にグルグルと手を取り合って踊っていた。
「次に三人で会うのはいつが良いだろうね?」
「もうすぐさ。目覚めた闇が魔獣を追って、光に負けて逃げた頃」
「じゃあもうすぐだね」
「何処で会う?」
「もちろん森で」
「あの者に会おう」
「あの者の名は」
「ケイオス」
「綺麗は汚い。汚いは綺麗。澱んだ大気と霧の中、飛んでいこう」
そう言うと、一人また一人と姿を消していく。最後の一人が消えた時、幻の灯りもフッと消え失せた。
しばらく後。
今、ケイオスは三人の魔女と相対していた。
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(ケイオス視点)
「ケイオス様万歳!」
「魔王様万歳!」
「魔王ケイオス様万歳!」
・・・・・・何だこの汚らしい老婆共は。ボロボロの黒いローブを着て、痩せ細った骨と皮ばかりの身体をしている。白髪は汚らしく伸び放題だ。見るだけで加齢臭がする。
だが何やらめでたい事を言っているじゃないか。話が通じるか分からないが、声を掛けるくらいはしてやろう。
「何者だ? 私を助けたのはお前等か?」
「そうでございますよぉ」
「然様でございます」
「私めが間に割って入りました」
老婆達は一斉に答えるので、ちょっと煩わしい。
「そうか、危ないところだった。礼を言う」
すると隣に居た老婆が金切り声を上げた。
「待って下され。間に入ったのは私でございます! おのれ、手柄を横取りするんじゃないわ!」
「ヒッヒッヒッ! どうせ儂等の見分けなんぞつかんわい」
「こんな時にやめな! ケイオス様が困惑するじゃろが!」
ええいうるさい。ちょっとどころではなく煩わしいな。私は眉根に皺を寄せた。
確かに困惑する。三人共、ソックリな見た目をしているのだ。全員が真っ黒でボロボロのローブを着ていて、顔も見分けがつかない程似ていた。全員が痩せぎすで節くれだった身体。特徴的なワシ鼻だった。
「分かった分かった。もういい。それについては三人に礼を言おう。だが、お前等は何者だ? 私には助けられる心当たりが無い。なぜ私の名を知っている?」
私はゴチャゴチャ言う老婆共を仲裁するようにそう言った。
「ああ、大変失礼しました。私めの名はイービルでございます」
「儂はイーヴォルじゃよ。今後とも宜しく」
「うちゃあイーベル。魔王ケイオス様ばんざぁい!」
全部同じ発音に聞こえるぞ。これじゃ見分けがつかないばかりか、名前もよく分からない。
「何だって? 名前が似ていて分からん」
「ああ、私めはイービルで」
「イーヴォルじゃよ」
「イーベルでぇす」
「もういい! 何度聞いても分からん! 名前より、お前等の目的は何だ! あまりふざけるなら、ただではおかんぞ!」
老婆とて私を舐めて掛かるなら、やらねばならないだろう。どうせただの人間だとは思えん。飄々とした態度からは、攻撃してすぐ死ぬような風にも感じられなかった。
「あな恐ろしや! お怒りならば申し訳ありませぬ!」
「儂等はただ、未来の魔王様をお迎えに上がったまででございます」
「魔王ケイオス様ばんざぁい!」
ふむ・・・・・・予想外にすぐ謝罪するとは殊勝な心掛けだ。それに、魔王だと? コイツ等は何か知っているのか。
「何だその魔王様呼ばわりは。どういう訳だ?」
「ああケイオス様。貴方は魔王になられるお方」
「幾千、幾万という魔界の民の王!」
「魔王ケイオス様ばんざぁい!」
なるほどそうか。さてはコイツ等、予言の魔女の類だな。
魔女は各地に様々な伝説があると書物で読んだ事がある。中でも有名なのが予言だ。魔女の予言は必ず的中するという。
出世と富を恣にし、領地を得て貴族になった者の話など有名だ。
「フン。お前等、予言の魔女か。すると私にもついに躍進の時が訪れたようだな」
思わずニヤリと口元に笑みがこぼれる。これは気分が良い。
もちろん悪魔との契約のように、気を付けなければ足元をすくわれる危険性もある。
あの領地を得て貴族になった者は、予言通り確かにその後、王にまで成り上がった。
しかし先王から王位を簒奪した事で、逆臣の汚名を被り討たれてしまった。決して手放しに魔女を信じてはいけない、という逸話だ。
だがまあ知識あるこの私に限って、その心配はあるまい。聡明な私なら、見え透いた罠になど掛からない。このリスクは回避可能だ。
そしてリスクがある分、リターンが大きい。コイツ等を利用して、必中の予言を味方に付けてやろうではないか。




