第087話 「後日談」
(ロジャー視点)
キマイラ討伐の冒険は終わり、僕達はウェンドリドの村から帰還した。
あれから十数日が経つ。僕は今、ウェストリコの街中に家を借りて住んでいる。
師匠が活動の拠点を移すとか言い出したので、僕は山の庵に戻らずここで暮らす事になった。
資金は潤沢にあるから家具などを揃えておけと言われて、ベッドに机、椅子やクローゼットと一式揃えた。生活に必要な雑貨も一通り。
だけどその後、師匠が来ない。
何かあったんだろうか? 城の貴族に用事があるとか言っていたけど。
アーロンも居ない。彼は一旦故郷の鬼哭き村に帰って行った。
今の僕は独りで、飾り気の無いちょっと殺風景な家に住んでいる。
他に細かい指示があった訳でも無く、何もしなくて良いのは楽なんだけど、暇過ぎてちょっと不安になってきていた。
今日も無為に時を過ごしてしまった。
冬の夜は冷える。暖炉に薪をくべて、買って来た総菜で食事を取る。
おでんだ。油紙にくるまれたそれは量が多くて、これだけで充分お腹が一杯になる。
今日はこれでいいや。米は焚かない。一人だとそんなに食べないんだよね。
「師匠、どうしたのかな・・・・・・」
そう呟いた時だった。玄関口のドアをノックする音が聞こえた。
「あ、はーい」
返事をして戸口に向かおうとすると、先にドアが開く。
「ロジャー居るか?」
やっと来た。師匠だ。
「師匠。お帰りなさい」
「水、あるか? ちょっと水をくれ」
「あ、はい。ちょっと待って下さい」
師匠はどこか慌ただしい様子で、水を要求する。何か様子が変だ。
「少しマズい事になった。いや、まあ、どうとでもなるっちゃあなるんだが」
「どうしたんです? 何かあったんですか? はい、どうぞ」
僕が陶器のコップに水を入れて差し出すと、師匠は勢いよく飲み干して続ける。
「多分俺、ウェストリコ出禁になったわ」
「え?!」
「城に話をしに行ったんだがな、そうしたらよ・・・・・・」
師匠は今回の件で、光の勇者と自分魔物狩りを両方使った事を抗議しに行ったという。
両者の勢力はあまり仲が良くないのだそうだ。
光の神は厳格で融通が利かず、下手をすれば殺し合いになる危険性もあったと師匠は言った。
それで城の貴族と口論になったという。大分語気を荒げたらしい。
「んで胸倉つかんだら、衛兵が後ろから殴り掛ってきてよぉ」
もうその時点で衛兵に囲まれていたんだと思う。そりゃ貴族の胸倉をつかんで暴行なんてしたらそうなるよ。
「そこでつい衛兵をぶん投げちまってな。避けて、ぽーんと。そしたら次々と来るんだよ」
衛兵が殺到する様子が目に浮かぶ。僕は顔を顰めた。
「こう、千切っては投げ千切っては投げ、とやっていたら大騒ぎになってな」
「何をやってるんですか・・・・・・」
僕はため息をついた。
武装した兵士だろうと、師匠相手では歯が立たなかった事だろう。余程の剣の達人であるか、強力な魔法使いでもなければ相手にならないと思う。
「そしたら勇者とかいうガキが出て来やがった」
「えっ?! もしかして、エリクですか? エリクって言いませんでした? その人」
「ああ、確かそう名乗ったと思うけどな。よく覚えてねえわ。金髪で碧い目のガキだ。やけにツラの良い、高慢で生意気な奴だった」
その人となりならエリクで間違いない。
「ムカついたんで軽く小突いてやろうとしたんだが、思いの外に深く入っちまってなこれが」
師匠は目の前で拳を握って見つめると、ボディブローをするような仕草をした。
「頭痛がしてきました・・・・・・」
まさか勇者まで殴ってきたのかこの人は?!
あの人は有名人だよ? そんな事したら世間に後ろ指さされるじゃないか。ああ、もうホントやめて欲しい。
「あいつ見かけによらずタフだよな。一発で終わんないんだよ。反撃して来るから避けてまた殴ってさ。結構ボコボコにしたのに倒れねえ」
「ボコボコにしたんですか?!」
「もうボッコボコなのに、ムキになってまだやろうとするんだよ。このままじゃあ殺しちまいそうだったから、逃げてきた」
もうダメだ。完全にこっちが悪党で、向こうが正義の構図が出来上がった。
普通に『勇者が暴漢から貴族を守り、辛くも追い払った』という事件だコレは。
「そーゆーワケでよ、ここに一緒に住んでるとお前までしょっ引かれちまうから、俺は別に住処を作るぜ。ここには夜に時々顔を出す」
依頼書があれば持ってくる、と師匠は言った。
「ここは事務所として使ってくれ。看板を用意してやるから、お前がこの街で魔物狩りとして仕事を受けるんだ」
「はい? え、えーと?」
「お前にここを任せると言ってるんだよ。俺が普段居られないんだから、当たり前だろ」
「えぇ?! 僕がやるんですか?!」
いきなり急転直下の話だ。ちょっと無茶だよ!
「そうだ。暇があれば、街の中にも魔物の被害が無いか見回れよ。何かあれば安く解決して顔を売れ。その金額もお前が決めて良い」
僕は絶句した。今までより責任が掛かりそうで、あまり自信が無い。
「大丈夫だ、魔獣を倒しただろ。お前なら出来る」
うっ、余計な実績を上げてしまった。
困り顔の僕とは対照的に、師匠は快活な笑顔をしていた。
0




