第086話 「天罰」
マデリンが来る少し前、尖塔最上階の室内にて。
「ほら、これで文句は無いだろう?」
「あ、ありがとうございます」
近衛兵達を全員外に出して一対一となったエリクは、マコに言って聞かせた。
「いいか。君が逃亡を企てようと、僕なら一人で取り押さえられる。おかしな真似はするなよ?」
少しの油断も無い。マコは確かに見た目の可愛らしい娘であったが、エリクは全くそこに興味を抱かなかった。
本当にただの魔物と変わらない、と考えていた。
太陽神ヘリオンの使徒、勇者たる己の責務を全うするだけだ。
ヘリオンは魔物を斬れとエリクに伝えてきた。だがそれはお待ち下さい、と彼は神に許しを乞うたのだ。
取り調べて人に害はないと判れば、殺さなくて済むよう神に上申するつもりなのである。
(僕はロジャー君に約束をした。この娘に危害を加えない)
エリクは約束を反故にしたくはなかった。
神の前に全てつまびらかにした上で、この娘が許される事を望んでいた。
「これ、捲ってもらえるかな?」
見た目は見目麗しい淑女だ。検分の為に膝上辺りまでとはいえ、スカートを捲って持たせておくのはどうにもいかがわしい。
人払いしておいて正解だった。
そうして触手の検分が始まる。
「んっ! んっ!」
マコは足を片側六本の触手状にしたり、戻して普通の足にしか見えないようにしたりして見せた。
一瞬で滑らかに変化する完成度の高い擬態に、エリクは驚嘆した。
「ところで、さっき君は一本ずつ全て機能があると言っていたね。それはどんなものなんだ?」
「あ、えっとそれは・・・・・・」
マコはこれが捕食孔で、これが排泄孔で、と説明を始めた。
「ほう。そんな機能があるのか。ちょっと触るよ」
「あっ、はい。どうぞ」
「これだけちょっと形状が違うな。これはどんな・・・・・・」
エリクは説明を聞きながら、一本触手を手に取った。
「あっ、それは! ひゃうん!」
「どうした? 変な声を上げるなよ。おかしな感じになるじゃないか」
ちょっと動揺しながら言うと、マコが答えた。
「は、はい・・・・・・で、でも」
どうにも色っぽい仕草をする。
その様子を見たエリクは、厳しい表情になった。
「僕を篭絡しようとしても無駄だぞ。さっき言った通り、僕は君を魔物だと思っている。妙な気を起こすなよ」
この娘が隙を突いて攻撃してきたら、不本意でも斬らなければならなくなるかも知れない。
そうしたくはない為エリクは釘を刺した。つい触手を握る手に力も入る。
するとマコが喘ぐような声で言った。
「いやっ! あ、あのっ! その触手は触っちゃダメなやつですっ!」
「何? これが?」
どうやら今握っている触手は、触ってはダメらしい。
「以前はこれを伸ばして、攻撃してきたと思うが・・・・・・」
「いえっ、どれも同じに見えると思いますけど、その一本だけは使っていないんです。それは用途が違って」
「何? ではこの触手には、他に特殊な機能があるのか?」
エリクが触手をムニュッと握ると、マコが顔を真っ赤にしながら目をギュッと瞑って言った。
「あんっ! いやっダメッ! あります! 機能、ありますけど、それは・・・・・・言えませんっ!」
その様子を見て勇者はハッとなった。
「ま、まさかこの触手は。見たり触ったりする行為自体が、君にとって恥ずかしかったりしないだろうな?!」
耳まで赤くなったマコが、頭を激しく縦にコクコクと振った。
「もしやコレは、性・・・・・・!」
勇者がバッ!と手を離した。
ただの恥ずかしがり屋なのかと思っていた。だが違ったようだ。
自分は今もしかすると大変な事をしてしまったんじゃないか、と大汗を掻き始める。
そんな時に扉を勢いよく開く音がして、マデリンが入って来た。
「あらあらあら~。イチャイチャやってるようね? エリク」
マデリンはニタニタと満面の笑みを浮かべながら問い掛ける。
「いや! 誤解だ! 僕は何も!」
「可愛い娘にスカート捲らせて、何をやってたのかしら?」
振り返ると、マコがまだスカートを膝上までたくし上げて立っていた。
「ああッ! 君ッ! もういい! 服を降ろせ!」
エリクは慌てふためいて叫んだ。
「アナタ今なにをやっていたのと聞いているんだけど? エリク」
「ぼ、僕は何もやましい事はしていない! マンイーターの触手を検分していただけだ!」
マデリンが今まで見た限りでは、エリクがここまで狼狽するのは初めてだった。
表情が引き攣って、大量の汗を掻いている。
強大な悪魔と戦っている時ですら、こんなに取り乱したエリクは見た事が無い。
「あら~? 本当かしら。スケベ心が無かったって、天地神明に誓って言える?」
「スケッ?! そんなもの、ある訳が無いだろう! 神に誓って! 僕はただ・・・・・・」
パァン!
突然耳をつんざくような破裂音が聞こえた。
急に空気中から電光が走って、エリクに小型の雷が落ちたのだ。
「ウッ!」
魔法耐性があるエリクが、痛いと感じる程の威力であった。
「何よ今の?! もしかして天罰じゃないの? あはは! 嘘ついたから! あははは!」
神の使徒にガチで天罰が下るところを見てしまった。マデリンは爆笑する。
「ああ! 神よ! そんなまさか! 僕は決してそのような事は!」
エリクは片膝ついて必死で誤解ですと神に祈り、申し開きを始めた。
「そのような事って、どんな事なのよ? えぇ? 言ってみなさいよエリク」
その祈っているすぐ側で、マデリンが心を掻き乱す。
「スケベ心でいかがわしい事をしていたんでしょ? 神様にそう報告しなさいよ」
「クッ! もういい! 取り調べは終わりだ!」
エリクは平静を保てなくなって祈るのをやめた。
勢いよく立ち上がると、逃げるように扉へと歩いて行く。
「あらあらどうしたの~? 都合が悪くなったから逃げるのかしら~?」
マデリンが歩いてその後を追う。
「逃げてなんていない!」
怒りながら逃げていくエリク。
二人はツカツカと歩いて部屋から出て行ってしまった。
「エリクってああいう娘が好みだったのね~!」
「うるさい! そんな訳無いだろ! 何を言ってる!」
階段を下りて行く足音と、慌てたような怒鳴り声が階下から聞こえてくる。
マコは少しだけ吹き出して、笑うのだった。




