第084話 「恋の行方」
宴会場に戻ると、エルフ達は何事も無かったかのように宴を続けていた。
飲み、歌い、狂騒は続く。
「どうだったんだよ、ええ? お姫様とは宜しくやったのか?」
ロジャーはアーロンに色々聞かれる。
そこにクーガー王も絡んできた。
「抱き合っとったぞ。これはもう結婚だな。責任をとれーぃ! ガハハハ!」
もう完全に玩具にされるのだった。
しかし悪い気はしない。
最高の美姫と心が通じた上、親公認でお付き合いが約束されているのだ。
ロジャーもすっかり舞い上がっていた。
そうこうしている内、宴が朝から始まって昼に差し掛かったところで、師匠が村に帰ってきた。
「駄目だった。こっちは何も見つからなかった・・・・・・お前等は何をやってる?」
お祭り騒ぎの面々を見て、師匠は怪訝そうな顔をした。
「アイザック! 解決だ! 魔獣は倒され、娘達は帰ってきた! お前の弟子達がやりおったぞ!」
クーガーは上機嫌で師匠に事の次第を話す。
その上で頼み込んだ。
「この度の働き、真に見事であった! そこで頼もう! このロジャーを、娘の婿に迎えたい!」
「はあ?! 何言ってんだオッサン?!」
このままでは確実に話が拗れると思い、ロジャーは必死に師匠を宥めた。
「ちょっと待って下さい! 僕から説明します!」
ここまでの経緯を包み隠さず伝える。
キマイラを倒し、お姫様を救出し、相思相愛となった事。ついでにケイオスが居なくなった事も話した。
「おぉ。そうか。ケイオスの件については俺からデニスに伝えておく」
師匠が珍しく長話を大人しく聞いてくれたので、ロジャーはもしかしてと少し期待した。
「まさかお前等に、キマイラを倒せるとはなぁ。予想外の結果だ。そこは褒めてやる」
じゃあ・・・・・・とロジャーが表情を緩めた時である。
「だが、結婚だと?! ダメだダメだ! 何でそうなる!」
やはり師匠は猛然と反対した。
ロジャーが何となく予想した事ではある。リーナさんとの時も反対されたからだ。
師匠は勢いそのままに、クーガーへと食って掛かった。
「お前のとこにやるって事は、エルフ化して森の使徒になっちまうじゃねーか! ダメに決まってるだろ!」
「あ、あー。そこをどうにかならんか? 儂の愛娘の願いを、聞き届けてはもらえんかな」
この王にしては弱気に、しかし何とか捻じ込もうとする。
だが。
「ならん!!」
師匠の大喝に引き下がった。
(あんまりだ。あんなに綺麗なお姫様と結婚の話を反対するなんて)
ロジャーがもう最悪に嫌な顔をした。こんな幸運は二度と無い話なのだ。
今ほど師匠の弟子をやっていて後悔した事は無い。
(師匠は僕に女性とつき合えって言うけど、上手く行きそうになるとこれじゃないか)
矛盾を感じた。ロジャーは師匠が何を考えているのか、分からなくなってしまった。
「仕方無いか・・・・・・すまんなシクラメア。彼は諦めてくれ」
ついにクーガーの口から、そんな言葉がまろび出る。
シクラメア姫は悲し気な表情で、何か言いたそうにしていた。
お前の気持ちは分かる、儂も辛い、とクーガーは娘に言って聞かせる。
「だが案ずるな。結婚の話は破談になった、と大樹シルヴァーナ様に伝えれば、お前の恋心の火も消える」
クーガーは奇妙な事を言い始めた。
「胸の内を焼く辛さから、お前を解放してやろう。辛さはすぐに消えてなくなるはずだ」
シクラメア姫は、お父様が何を言っているのか分からない、という様子である。
「では、大樹様に祈るぞ」
クーガーが手を組んで跪き、神に祈りを捧げる姿勢になった。
この時初めて、シクラメア姫が声を張り上げた。
「・・・・・・です」
とはいえそれは常人のそれより非常に小さく、クーガーは祈りを続ける。
「嫌ですお父様」
ついに姫が聞こえる声を出した。周囲に居た者は皆が驚く。それ程に、姫が聞き取れる声を出すのは珍しかったのだ。
クーガーも眉間に皺を寄せ、苦し気な表情で祈りを続けていた。
「私の恋を・・・・・・消さないで下さい・・・・・・」
シクラメア姫は、これから自分に何が起こるのか知らない。だが、恐らくこの恋が消されてしまうと直感したのである。
湛えた涙が一滴、姫の頬を伝って零れ落ちた。
「シクラメア姫・・・・・・!」
姫の悲壮な様子を見てロジャーは胸が苦しくなってしまい、師匠に抗議した。
「師匠、僕はどうなっても構いません。でも、お姫様の心を変えてしまうのは残酷です! 止めさせてください!」
「あぁ? あー、そうか。お前は訳が分かってないからな。そう思うのも無理は無いか」
師匠は温度差を感じる返答をした。
「逆だ逆。逆なんだよ。元に戻すんだ」
「それは・・・・・・どういう事ですか?」
ロジャーが怪訝そうな顔をしていると、師匠は話した。
「お姫様は森の意思でお前に恋をしていたんだ。自分の意思じゃねえ」
「そんな。僕は彼女の意思を聞きました。どうして僕を好きになったのか、話してくれたんです」
「そりゃあ自分ではそう思い込んでいるだけさ。あー、詳しくおしえてやらにゃ分からねーか」
エルフについて教えてやるよ、と師匠は切り出した。
「エルフってのは皆が美形揃いだよな? まずコイツ等がどうして人間より数が増えないか分かるか?」
「分かりませんそんなの。それよりお姫様が・・・・・・」
ロジャーには皆目見当もつかない。
「精霊に近い存在だからだ。元から恋愛感情なんて持ってない。あの娘もな」
「えっ、そ、そんな! だって・・・・・・」
「逆に考えてみろ。こんな美人だらけの種族が自由恋愛して、ボコボコ子供を産んだらどうなる? 寿命が無限のエルフが大量発生するぞ」
「た、確かに」
「その子供も自由に恋をして子供を産んで、なんてやってりゃあ地上はあっという間にエルフで埋め尽くされちまう」
その通りであった。無限の寿命を持つ若く美しい種族。そんな連中が自由恋愛すると無限増殖してしまう。
「だから森の意思、則ち森の神が管理しているんだよ。住んでいる森が許容出来る数までしか増えないようにな」
師匠が言うには、元々恋愛感情の無いエルフに、森の意思が恋心を与える事によって繁殖させているのだという。
それは植物に種子を飛ばす時期が決まっているように。動物に発情期があるように。
自然にも時期があるように『森がエルフを増やそうとした時に、必要な人数分だけ』恋心を与えているのである。
森が十分に養えると判断した数だけ個体数を増やすのだ。
戦いや病気などによって死に、個体数が減ってきたらまた増やす。そのようになっているという。
「そういう訳でよ、大きい森程エルフが多いんだよ。あとハーフエルフは、例外的に強い自我を持ったエルフが森の外で恋をして・・・・・・おっと、エルフの生態についちゃあここまででいいか」
師匠は話し過ぎた、とこの話題を一旦終えた。
「お前、自分がモテるようになったと勘違いしただろ? 違うぜ。全部、森の意思の打算だ。ハニートラップを掛けられるとこだったんだよ」
「そんな・・・・・・」
ロジャーは愕然とする。まさかあの告白が罠だったとは。神は何と残酷な事をするのか。
「森の意思はお前を自陣営に引っ張り込もうとしたんだ。クーガーもそうやってエルフになった」
クーガーは元は人間で、ウェストリコの英雄だった。
三百年以上前ウェストリコと森の部族が戦争していた時、森の意思にスカウトされていたのだ。
彼は神の力でエルフに転化した。半分だけエルフのハーフエルフになったのだ。そうして森の神の使徒となったという。
「すまん! すまんシクラメア!」
祈りを終えたクーガーは堪らず愛娘の肩を掻き抱いた。
だが、恋心を消されたシクラメア姫は、無表情になってキョトンとしている。
「我が愛しい娘よ、平静は取り戻せたか?」
「はい」
「もう辛くは無いか?」
「はい」
不思議そうな顔で、姫は首を傾げながら返事をした。
(私は確かに彼を好きだった・・・・・・でも、好き、って何だったのだろう?)
姫はロジャーの方を見た。二人の目が合って、遠くから見つめ合う。
(大切な人だと思うのは変わってない・・・・・・ただ、今まで得体の知れない熱に浮かされていた)
首を傾げながら少し微笑むと、姫はその後立ち去って行った。
(彼を愛している。でもさっきまでとは全然違う。穏やかな、落ち着いた感じ。私はどうしたいのだろう。分からない)
悪い感じではない。むしろ愛は消えていない。シクラメア自身はそう感じていた。
「ほらな。これが現実だ」
師匠はほら見ろ、という感じで言った。
ロジャーは肩を落とす。残念で言葉も出ない。描いた夢が惜し過ぎたのだ。
「お前にはいずれ、俺が信望する神の使徒になってもらう予定なんだ。だから他の勢力には入れられないんだよ」
師匠は言う。
だが今のロジャーには、そんな話は聞きたくも無かった。
(あぁ・・・・・・シクラメア姫と結ばれるなら、エルフになっても良かった)
むしろ永遠の若さであのお姫様と無限に愛し合えるなら、そうなりたいくらいだった。
森の神だか何だかの使徒とやらにでもなって、一生操り人形になっても良かったんじゃないか、とすら思えた。
失ってしまった恋はあまりに甘美で、一度味わったら一生忘れられそうにない。
あの恋はもう二度と戻らないのである。




