第083話 「逢引き」
ロジャーとシクラメアは宴から少し離れた所までやってきた。後ろには護衛としてサーネリアが付く。
枯れ木と藪が茂る冬の森は、シンと冷え静まり返っている。
恋人同士の逢瀬にはムードの無い風景ではあったが、大勢に囃し立てられる場よりはこちらが落ち着いた。
「シクラメア姫、僕は不思議に思うんです。何故僕なんかを好きになったんですか?」
ロジャーはずっと疑問だったので訊ねた。
「エルフは皆美しく気高いように見えます。僕はさして美しくも無いし、強くもありません」
すると姫は何か言おうとして、サーネリアに目配せした。ただそれだけで、サーネリアは頷いて遠くへと下がる。
姫がロジャーに近づき、耳元で囁くように返答した。
「お父様と一緒に居る男の人達は皆、乱暴で優しくないのです」
先程の喧噪では聞き取れない声だったが、静かなこの場ではハッキリと聞き取れた。
姫が美しい顔を寄せ、耳に吐息の掛かる距離で話すのでロジャーは赤くなる。
「えっ、そうなんですか?」
照れ隠しに少し大仰な返事をしたが、確かにロジャーは意外に思った。
「私は今まで、世の男性は皆そういうものなのかと思っていたのです」
「人間の兵士は乱暴者が多いですけど、エルフは高潔でそんな事とは無縁かと思いました」
姫は憂いを帯びた顔で、伏し目がちに答えた。
「・・・・・・見た目ばかりです。いつも仲間同士で武勇を語っては、虚勢を張り合っています」
存外だった。エルフは自尊心が高く、すぐ精神的優位を取り合うというのだ。
姫はそうした下品な行為を嫌っているようだった。
「ロジャー様、貴方は今まで見てきた男性達とは違います。優しく謙虚な方。私の理想なのです」
そう言うと姫は微笑んだ。
姫が真っ直ぐにロジャーを見つめてくる。
輝く美貌を間近にすると眩しい程であり、姫が笑顔になると花が咲くようであった。
「いえ、僕はそんな・・・・・・」
恥ずかしさのあまり顔を背けると、姫がそのまま肩に両手を回して抱き着いてきた。
「あっ」
ロジャーはドキッとして鼓動が速くなり、その音が姫に聞こえてしまわないかと心配になった。
それでも姫から勇気を出してくれたというのに、こちらが情けない態度は取れない。
ロジャーは一瞬手を彷徨わせたが、姫の想いに応じて彼女の腰元を優しく抱いた。
「ロジャー様・・・・・・」
お互いの頬が触れ合うようにして姫が囁く。
「お慕いしております」
その様子を、木に身を隠すようにして見ていたサーネリアが目を見開いた。
不思議な事が起こったからだ。
「これは・・・・・・!」
二人の周囲の枯れ葉が積もった地面から、青々とした草花が生え出したのだ。
驚いて見回す内、辺り一面に花が咲き乱れた。
それだけに留まらない。
陽光に照らされて、冬の枯れた森が緑の葉を付けだした。変容する木々の様相は、次々と伝播していく。
あっという間に周辺は緑が生い茂った。
赤、青、白や黄色。色とりどりの花々が地面を埋め尽くす。その眺めたるや、まるでこの場だけ別世界になったかのような有様であった。
「え、えっ?!」
狼狽えるロジャーに姫が耳元で囁く。
「きっと森の意思が、私達を祝福してくれているのです。そう感じます」
その景色と姫の美貌が相まって、神々しいまでの美しさであった。
「・・・・・・!」
感極まるものを感じて、ロジャーは姫を強く抱きしめた。
姫の華奢な身体からはフワリと花の香りがする。
服越しに感じる柔らかな感触。ゆっくりと伝わって来る暖かな体温。
(ああ・・・・・・今までの人生で、最高の女性に出会った!)
心の中で叫んだ。
姫は高貴で美しく、何より自分に好意を向けてくれている。心の底から幸せを感じた。
ロジャーはこの日の事を、生涯忘れないだろう。
「どうだサーネリア。やっとるか二人は?」
「王様?! いらっしゃったのですか?!」
サーネリアが振り返るとそこにはクーガーが居た。
「我が娘が男を落とせたかどうか気になるわい! おっ、抱き合っとるじゃないか! いけ! ガッといけ!」
この王と従者の声はとても大きく、隠れていても若い二人には丸聞こえである。
「陛下。お静かに。姫君のお邪魔になりませぬよう」
後ろから宰相ジェイコ他、大勢の野次馬が詰め掛けていた。
「おお! そうだな! 黙って静かに見ていよう!」
もうこうなると、くっついてはいられない。
ロジャーとシクラメアは顔を真っ赤にして身体を離した。
「なんだ! 接吻の一つもせんか! ガッといけ!」
「恐れながら王様! 我らが騒いだせいで、御二人は恥ずかしがっておられるようです!」
「焦れったいのぅ! 恥ずかしいだと?! 儂なら見せつけるぞ! それでも男か!」
クーガー王が喚くのをサーネリアが諫めているが、あまりにもやかましい。
暴れ牛を暴れ馬が止めているようなものだ。
「ああもう! デリカシーの無い! 何やってるのアナタ!」
突然、二人が身を隠している大木が振り返って怒鳴った。
「こういう時こそ精霊魔法を使えば良いでしょう! 森の精霊を通して静かに見ていれば!」
シードリット女王の声だった。
無論、木に口は無い。これは念話で、全員の脳内に直接響き渡った。
女王の操る大木に全員の目が集まる。
すると大木はロジャー達に向き直り? バツが悪そうにして言った。
「・・・・・・あら。やだー、あはは。お邪魔よね? アナタ、行くわよ!」
女王は枝でバシバシとクーガー王を叩く。
「シードリット? お前こそのぞき見していた癖に何を、ぐあっ!」
王の尻が太い木の根で蹴り上げられた。
「うるさい! このこのっ! さっさと行くのよ!」
そのままバシバシと叩かれながら、一同は退場していく。
とはいえ今ので分かったが、森の中でエルフの目から逃れるのは不可能だ。あまりにも筒抜けなのである。
「も、戻りましょうか」
「そ、そうですね。また後で」
ロジャーと姫はすっかりムードが盛り下がってしまい、宴会場に戻る事にした。




