第078話 「戦い抜いた」
「負けない・・・・・・自分に、負けない・・・・・・!」
ロジャーは気が触れたように繰り返していた。
満身創痍であり、以前ならとっくに心が折れているところだった。
身体中が痛いから、卑怯な敵の攻撃があったから、苦手とする大きな敵だから。逃げ出したくなる言い訳はいくらでもあった。
弱い自分に負けまいと、ロジャーは懸命に自身を鼓舞していた。
魔獣は弱々しく震えて立つ獲物に対し、好機とばかりに襲い掛かる。
「ガオォォッ!」
ロジャーは飛び掛かる魔獣を、地面すれすれにスライディングして躱した。あまりの速さに魔獣がロジャーを一瞬見失った程の鮮やかさであった。
縮地を応用して速度を上げたのだ。魔獣の下を掻い潜った形で背後へと抜ける。
(勇気を出すんだ! もう誰かの足手まといにはならない!)
自分のせいでアーロンに大怪我をさせてしまった事への反省。勇気を出せなかった後悔が、ロジャーを駆り立て突き動かしていた。
魔獣の尻尾の大蛇が毒牙を剥き出しに噛みついてくる。地面を転がって間一髪それを回避した。
尻尾が反応したのを感じて魔獣が振り返った。その最中に早くも山羊の頭がロジャーを認識し、魔法の氷弾を放つ。
ロジャーは素早く身を起こし、上半身に当たるところだった弾を避けた。
勢いそのまま、跳び込むように前転する。
カカカカッ!カッカッ!
前転するロジャーのすぐ後ろで、氷弾が次々と岩場の地面に当たって砕け散る。
威力的に見て、これが一発でも当たればお終いだろう。だが全ての氷弾は紙一重で当たらなかった。
回転して魔獣へと向き直る。
体中が軋んだが、痛みはそんなに感じない。あるのは命を掛けた戦いの興奮だけだ。
振り返った魔獣が再度襲い掛かる。
獅子が大口を開けて噛みつこうとするのを、ロジャーは逃げるのではなく踏み込んだ。
獅子の牙のすぐ横を縮地で駆け抜ける。大きな顎がバクッと音を立てた。
すれ違いざまにロジャーの剣が、魔獣の首元を斬りつける。
「クオォン!」
鮮血が舞う。ついに魔獣に一撃を入れたのだ。傷は浅いようだったが、反撃できた事は大きい。
度胸ある縮地、そして紙一重での見切り。追い詰められる程にロジャーの技は精彩を増した。
恐れて引けば死に体になってしまうところを、一歩踏み込む事で死中に活を見出している。
死に際の集中力がロジャーの神経を研ぎ澄まし、限界以上の力を発揮させているのだ。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ・・・・・・」
肩を動かして荒い呼吸が続く。心臓は激しく鼓動し血流が顔面を紅潮させ、全身が火照っている。
まるで獣の如き有様である。ロジャーは鋭い眼光を放ち、魔獣を睨め上げていた。
それを見てゲスティアが激昂した。
「このッ! 死に損ないのッ! ゴミがぁッ!」
鞭が振るわれる。二度、三度と空気を切り裂く音。
しかし何度振るおうと鞭は空を切った。
ゲスティアは魔獣と共にロジャーを攻撃し続けたが、全て回避される。
まるでロジャーの身体が、攻撃を何もかもすり抜けるかのようであった。
(コ、コイツ! 雑魚だと思っていたら、何かおかしい!)
ゲスティアは格下に見ていた相手が、予想外の奮闘をするので焦り始めた。
ロジャーはゲスティアの攻撃が雑になってきたのを感じ取った。そこで間隙を突いて突飛な行動に出る。
それは異常な高さの跳躍であった。
仙術流派奥義、縮地跳空を一歩だけ使ったのだ。
制御が難しい技で使いどころが無いと半ば封印していた技であったが、意外にもこんなところで役に立った。
虚空に魔力で足場を作り出し、空中を蹴って高く跳ぶ。ロジャーは突然、身長を超えるような大ジャンプをして魔獣の頭上まで跳び上がった。
(な、何ィッ?! 有り得ない動きです!)
その高さにゲスティアが驚く。
ロジャーにしてみれば魔獣と鞭の猛攻から逃れる為、咄嗟に工夫して取った行動であった。
しかしこれが意外な好機を生み出した。
予想外の動きにより、一瞬ではあるが魔獣とゲスティアの猛攻が止まったのだ。
更にこの時、ロジャーは空中で魔獣の隙を見出す。
(この魔獣、頭上は対応し難そうだ!)
四つ足の生き物は頭上を苦手とする。
身体の作りからして頭の下方向には強いが、上方向への対応をするように出来ていないのだ。噛みつくにも角度が急であると難しい。
(じゃあ後ろに回れば!)
頭の後ろに回ってしまえば噛む事は出来ない。
ロジャーは跳躍そのままに空中で身体を捻って回転すると、馬の背に跨るような恰好で魔獣の上に着地した。
獅子の首の後ろに座った姿勢となる。
体重の軽い少年とあれどその荷重が一気にズンと掛かり、獅子の頭が首を垂れた。
山羊の頭が驚き戸惑った。
この位置に獲物が入って来る事など、今まで無かったのだ。噛みつく事も出来るはずだったが、態勢を崩した為に山羊は一瞬だけ慌ててしまった。
蛇の頭もこの瞬間だけはどうしようも無かった。
獅子の頭の後ろに、山羊の頭がある。それが邪魔になって、蛇の頭からロジャーを視認し難いのだ。
一、二秒もあれば迂回して獲物を発見出来たところだが、戦闘における一秒はとても長い。
(この体勢・・・・・・!)
千載一遇のチャンスである。今この瞬間、ロジャーを止めるものは何も無い。
目の前には魔獣の頸部がある。それはほとんどの脊椎動物における弱点だ。
(いつものやつだ・・・・・・! 家畜を解体して、首を落とす作業!)
これまで修行してきた中で、狩猟で獲った獲物の解体は散々やらされてきた。
首を落とし血抜きをする作業など、幾百やったか覚えていない程だ。
全部この時の為にあったような気がしてくる。
ちゃんと師匠は魔物退治の為に、獲物の解体の仕方を教えてくれていたのだ。
今は獣の首のどの辺りに刃を入れたら骨と骨の間に入るのか、大体勘で分かる。
ロジャーは片刃の剣を魔獣の首筋に宛がい、刃を左手で固定する。
剣の柄を握る右腕に力を込めた。
仙術流派発勁初級技、仙人力。腕に刻まれた腕印が発光し、袖口から光が漏れる。
戦闘中の瞬間的な斬り付けには使えない技だが、力を溜めて突くような動作をする時には有用だ。
「フウッ!」
体重を掛け、刃を一気に背骨へと突き立てて押し込んた。
骨に当たる感覚。
骨と骨の間を刃が切断し、ゴリッと脊椎を破壊する手応え。刀身が背骨を完全に通ったのを感じる。
途端に魔獣が頽れていった。神経を断たれ、身体が動かせなくなったのだ。
「クオォーン!」
魔獣自身にも、何が起きたのか理解出来なかっただろう。
獅子の頭は舌を出して横倒しとなり、山羊の頭と蛇の頭は困惑して暴れている。だが身体が倒れて起き上がる事が出来ない。
魔獣は、動けなくなった。
ロジャーは魔獣の上から再び跳躍して地面に着地する。
「バ、バカな! 私の魔獣が、こんなガキに負ける訳が無い! 私の作品に限って、そんな事は認められないィィーッ!」
ゲスティアが激昂して鞭で打ち掛かったが、そこへエリクが駆けてきて聖剣を振るった。
鞭の半分程から先が切断されて飛んだ。
「大丈夫かロジャー君! 遅くなってすまない!」
エリクは大きな魔獣を成敗した後、殺到してくる魔族兵を全て倒してロジャーの元へと駆けつけたのだ。
ロジャーは身体中傷つき疲弊していたが、戦い抜いた。荒い呼吸をしながら、無言で親指を立てて返事を返す。
ついに形勢が逆転した。




