第076話 「勇者への羨望」
(マデリン視点)
「ぴーちゃーん! どこー?!」
狼狽したアタシが叫んでいると、遠くでベルドリットが呼ぶ声がした。
「こっち! ここに居る!」
良かった。ベルは感覚が鋭い。毛玉がアタシの元を離れた時から、追跡していてくれたのね。
アタシが駆けていくと、そこはキマイラの死体の前だった。
「ぴーちゃんは? 何処に居るの?」
問い掛けると、ベルは無言で魔獣の死体を指差した。
居た。さっき腹を切り裂いた魔獣の上だ。そこで毛玉がぴぃぴぃと鳴いている。
「・・・・・・ココ、キッテ。ココ、切ッテ」
ベルは何かを聞き取って翻訳するように口に出した。
「ぴーちゃんの言葉が分かるの?」
「ん。ここを切ってって言ってる」
精霊に近い存在のエルフには、聖獣の類の意思が分かるのかも知れない。
彼女は腰に差した短剣を抜くと、キマイラの死体に刃を突き立てた。グッ、グッと荷重をかけるようにして胸のあたりを切り裂いていく。
アタシは照明の魔法で照らして、その作業を見守った。
「ぴぃっ! ぴぃっ!」
「・・・・・・」
ベルは毛玉の言葉を聞き取ると、切れ目を入れた魔獣の死体に手を突っ込んだ。
「えっ?! ちょっ、何やってんの?!」
表情一つ変えずに、二の腕まで深く突っ込んでいる。グチャグチャと掻き回してから手を引き抜くと、そこには大きな石が握られていた。
「何よこれ・・・・・・まさか魔石?」
水で洗うと見えてきたのは、輝きを放つ魔石だった。魔獣の魔力が蓄積しているのか、美しくも怪しく輝いている。
何より驚いたのは、その大きさだ。小玉スイカ程もある。
アタシの大杖に付いている魔石だって大変高価なものだけど、それでもスモモ程度のサイズしかない。
こんな大きな魔石、売ったら家が建つんじゃないの。広い庭付き一戸建てが。いや、これ国宝級よね。そんなもんじゃお釣りが来るわ。
「これはお宝だわ! それもとびきり最高の!」
ベルドリットは興味が無いのか、小首を傾げている。アタシは声がうわずっていた。
「これの所有権は誰になるのかしら。エリク、ベル、アタシで良いのかな? そうなると三等分よね。それでも大金だわ。どうしようえぇと・・・・・・」
この時アタシは舞い上がってしまっていた。
それでベルの所に毛玉が飛んできたのを見ていなかった。
次に見た時には、毛玉があーんと口を開けて、魔石を丸ごと飲み込む瞬間であった。
「ああああ! なんって事してんのこらぁー!」
アタシは毛玉をひっつかむと、口を開けさせた。
「吐け! 吐きなさい!」
不思議な事に魔石は口中の何処にも見当たらない。この! どこに隠した!
すると急に毛玉が白く発光し出した。アタシは驚いて手を放し後ずさる。
ズモモモモモモモ!
巨大化した! 毛玉がどんどん膨れ上がって、ゾウ程の大きさに巨大化した!
「きゃああああ!」
流石に悲鳴を上げた。毛玉は今やアタシを上から見下ろしている。
ゆっくりと空気を吸い込む音がした。
「ポェエエエエエエ!」
野太い大気を揺るがす鳴き声を放つ。もの凄い声だ。アタシは耳を手で覆った。
「・・・・・・コレデ治セル。だって」
ベルが静かに言った。
巨大な毛玉がバサッと翼を開いて羽ばたく。バッサバサとアーロンの元へと飛んで行った。
正直、食われるかと思った。アタシは腰を抜かしてヘタり込んだ。
その後。
アーロンの左腕は一発で完治したみたい。
本人が心地良く眠ってしまっているので実際のところはどうか分からないけど、とりあえず苦悶の表情は消えた。今は安らかな寝顔をしている。
こうして見るとイケメンね。分厚い胸板、太い両腕。じっと見ているとつい見とれてしまう。
疲れてるのかなアタシ。疲れているとぼーっとして、最近よくこんな事を考えちゃう。
そういえば随分眠いわ。
ふと見ると毛玉がすぐそこに居て、横? 横なのかな? うん。横になって眠っている。丸っこいから起きてんのか寝てんのか、判別つきにくいわ。
もう半ば無意識に毛玉に抱き着いた。
「やわらか~い。なにこれ~」
もう後はやめられなかった。アタシはブーツを脱いで、最高級のベッドより柔らかい毛玉によじ登っていった。
毛玉は最初びくっと動いたけど、アタシが上で寝転ぶと再び呼吸を始めた。
すーっ、すーっと呼吸に合わせてベッドが膨らむ。何て気持ち良いんだろう。
アタシはそのまま眠ってしまった。
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「想定外だ。数が多過ぎる」
ロジャーとエリクはあれから洞窟を奥へと進んだ。そうして途中現れる歩哨をロジャーが感知すると、エリクが音を立てないように倒していった。
だが最奥部の大広間じみた大空洞についた時、そこには何十人もの魔族兵の姿があった。
広い空間にはあちこちに篝火が焚かれ、木製の机や椅子、奪ってきた家具などがそこかしこに並べられている。
椅子に座って談笑する者、食事を取っている者、本を棚から取り出しては読み耽る者など、各々が自由にしているようだった。
「もう一度飛ぶよ。今は後一回が限度だけど、敵が油断している今なら大半を倒せると思う」
エリクはロジャーに自分の身を守るよう注意してから、すぐに特攻していった。
光の翼で飛翔して聖剣ライトブリンガーが血煙を上げると、敵は次々と倒れていった。後には光の翼の残光が目に残るばかりだ。
魔族兵達は急襲されて、恐慌状態の内にその数が減っていった。
やっと反応出来た者が数名、火の玉など魔法を投射してくる。だが高速で飛ぶエリクには当たらない。
魔法は全て外れて、壁にバンバン当たって炸裂した。
(凄い・・・・・・僕もいつかはあんな風に。光の勇者のように、強くなりたい)
ロジャーは羨望の眼差しでエリクの舞う姿を見守った。
光の神に仕える勇者の、なんという恰好の良さだろう。自分も将来は彼の傍らに肩を並べたいと思った。
その勇者の姿を、広い洞窟の奥から睨んでいる姿があった。
「光の勇者ですか。全く忌々しい」
長衣を着た細面の男は神経質そうな表情の眉間に皺を寄せて、勇者を睨めつけながら呟いた。




