第074話 「捕らわれの姫」
同じ頃。岩場の下の洞窟内部では、陰惨な行為が行われていた。
大勢の武装した集団が大空洞に集結している。
いくつかの篝火が焚かれ、薄暗い周辺が照らし出されていた。
その顔は皆一様に肌が灰青色をしており銀髪で、普通の人間ではない。魔族である。
彼等はこれから行われる生け贄を逃がさないよう、周囲を取り囲むように立っていた。
洞窟の隅には窪みに木杭で格子をした粗末な牢があり、その中には捕らわれたエルフ達が入れられていた。
このような牢屋が壁面に三つあり、今はその内の一つにだけ十名足らずの虜囚が居るのみだ。
数が、ここまで減らされてしまったのだ。
今また更に生け贄が選ばれようとしていた。
「姫様、ご無事で・・・・・・!」
魔族兵に聞こえぬように、一人の男エルフが後ろの女エルフに声を掛ける。
程なくして、魔族兵が武器を構えながら牢を開けて入って来た。
「一名出ろ」
低く恐ろしい声で命令してくる。
出れば、生きては帰れない。生贄にされるのだ。
すると先程の男エルフが喚き散らした。
「いやだぁあああ! もうやめてくれぇえええ!」
その声を遠くで聞いている長衣姿の男が嘆息した。
「相変わらずこいつ等はうるさいですねぇ。いつも通り、騒いだ者から連れて来なさい」
この男も魔族である。長衣の下に防寒具で着ぶくれしているが、細面で痩せぎすな顔をしている。眉間に皺を寄せ、神経質そうな印象だ。
彼は錬金術に使う台に向かい作業をしながら、さも面倒臭そうに部下へ指示をしていた。
「魔獣の餌なんて嫌だぁあああ!」
後ろ手に縛られたエルフの男が、両脇を魔族兵達に抱えられて連れて来られる。大勢が円になっている中心に、乱暴に蹴り転がされた。
「ほら、餌ですよ二号、三号。食べなさい」
丸太を組んで作られた木造の檻から、魔獣が二体外に出された。
二号も三号も形状はキマイラそのものであった。サイズは二号が象程の大きさ。三号が人間の身長程度だ。
二体の魔獣は生贄に襲い掛かり、先を争って齧りついた。
「ギャア~~~ッ!」
男エルフの悲鳴が響く。
牢の中のフードを目深に被った女エルフが息を呑んだ。
「・・・・・・ッ!」
「シクラメア様! 泣いてはなりません」
小声で隣に居た女エルフが注意する。騒げば先程の男性と同じ目に合うからだ。
近衛兵長であり姫の護衛兼侍女のサーネリアは、国では従士と呼ばれる。姫が幼少の頃から、常に付き従っている古参の者だ。
サーネリアは消沈して涙ぐむシクラメア姫を元気づけた。
「諦めてはなりませんよ。必ず助けは来ます。お父様とお母様がきっと何らかの手を打ってくれていますから」
シクラメアは消え入りそうな声で、・・・・・・はい。と小さく返事をした。
「心を平静に保つのです。大地の精からマナをもらいましょう」
このエルフ達はろくな食事も与えられていない。気温も低く、生き抜くには過酷な状態であった。
こんな環境であった為、ウェンドリド村から連れて来られた人間達はもう全滅していた。生き残ったのはエルフだけだ。
元々エルフは精霊に近い存在で、自然に存在する精霊達からマナをもらって生き永らえる事が出来る。この場所は土の精霊が親和的だったのが幸いした。
皮肉にも、捕えておく側からすると便利な性質を持った虜囚であった。食べなければ排泄もしない。特に世話をしなくとも死なないのだ。
「ンッン~! 大分ゴミが片付いて来ましたねぇ。近々また拾って来なければ。あぁ面倒臭い!」
長衣の男が吐き捨てるように言うのを聞いて、サーネリアは悔し気に呻いた。
牢屋の前に設置されている、封魔鏡とかいうあの男の作った錬金術道具。あれさえ無ければ魔法が使えるのだが。
近衛兵長であるサーネリアは剣や槍など武術に長け、魔法も熟練の手練れだ。自身の腕には自信があった。だが武器を取り上げられ、魔法も封じられた牢の中では無力であった。
「まだ食べ足りなさそうですねぇ。でも一号がまた戻って来た時の分を考えると、今日はここまでにしましょ。二匹共、ちょっとは我慢なさい」
長衣の男は魔獣の喉元を撫でた。ゴロゴロと魔獣が喉を鳴らす。
その後、二体の魔獣は檻に戻された。
幸運にも今回の犠牲者は一人で済んだ。それだけ減ってしまったからである。
三つある牢屋は以前、狭い程エルフと人間で一杯だった。それが魔獣の餌にされ続けて、残ったのはエルフが七名だけだ。
これまで姫と側近を庇って、民が一人ずつ犠牲になってきたのだ。そうやって数十名を失った。気丈なサーネリアでも胸が張り裂けそうな思いであった。
全てはシクラメア姫を守る為。そう自分に言い聞かせる事で冷静になれた。
そうでなければとっくに挫けて、取り乱していただろう。
「あーあ。これはいよいよ、明日はゴミ拾いに行かなければなりませんね。やだやだ」
悲壮な二人の想いなど余所に、長衣の男はため息をついた。
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ロジャーはキマイラの出現場所近くに、エリクを案内していた。
「下から人の気配がします。何処か近くに降り口があるはずです」
心眼の探知は近距離なら地中も通す。
ロジャーは目を瞑ったまま周囲を探索していった。そうして坂道になっている崖を見つけた。
「あった。ここから下に行けそうです」
辺りは暗闇でも、ロジャーにとっては昼間も同然だった。心眼を使っていれば、遮蔽物で遮られた裏側までも知覚出来るのだ。目で見る以上の正確さである。
「君は感覚が鋭いなんてものじゃないな。エルフ以上だ」
エリクは暗闇の岩場を探索するのに、聖剣の祝福を使うつもりだった。全身が淡く発光するのを利用しようと思っていたが、それだけでは道を見つけるのは難しかっただろう。
二人は崖の下に降り、そこで洞窟の入り口を見つけた。
「どうやらここみたいですね。奥の方から、人の気配がします」
「ふむ。君を連れてきて正解だったよ」
ロジャーが少し照れていると、エリクが声色を変えて言った。
「ねえ、ちょっとさっき気になってたんだけどさ。君は、魔王の仲間なの?」
「・・・・・・あのー、何かさっきもそんな事聞かれましたよね? 心当たりが無いんですけど。何でそんな事聞くんですか?」
エリクはケイオスが吸血鬼で、先程戦って倒そうとしたが逃げられたと話した。
「その時に聖剣が反応したんだ。光の神ヘリオンから賜ったこの剣は、魔王に反応して光の剣となるのさ」
そんな事があったとは知らず、ロジャーは困惑した。
「う~ん。でもケイオスは、魔王なんて大した奴じゃなかったですからね。むしろ今までお荷物というか、迷惑者だったイメージしか・・・・・・」
そこでハッとした顔になった。
「あ、思い出しました。初めて会った時からやたらと高慢で偉そうにしてて、将来王様になるだとか世迷言を言ってましたね。誇大妄想の与太話だとばかり思っていましたけど」
ロジャーは思った通りの事を述べたが、エリクは苦笑いをした。
「君、大人しい奴だと思っていたら、意外と酷い事も言うんだな。仲間だろ?」
「酷いだなんてそんな! 事実なんですよ。ケイオスはそういう奴でしたから」
それもどうなんだ、とエリクは吹き出した。
ケイオスは相当な問題人物だったらしい。すっかり毒気を抜かれてしまい、疑いや訝しむ気持ちは何処かに消え失せてしまった。
二人で笑いながら歩いていると、ロジャーは前方から何者かが来るのを感知した。
「シッ! 前から人が来ます」
つい緊張感を失ってしまっていた。ロジャーはしまった、と心の中で毒づく。




