第071話 「憧れとの邂逅」
ロジャーとアーロンは左腕の気配を追いかけて、草原を移動して行った。
「もう近くなってきたぜ。左腕はこの先にある」
アーロンがそう言った。だが、魔獣らしき姿は見当たらない。
ロジャーが心眼で辺りを探っていたところ、数人の気配を感じ取った。
「あれっ? こんなところに人が居る。三人。・・・・・・一人こっちに気づいた!」
アーロンが背中から大剣を降ろし、留め金を外して鞘から剣を抜く。
いつもなら洗練された動作で一瞬で鞘を外せるが、片腕ではそうはいかない。なるべく早めに動作を起こした。
「止まれ! 動くな!」
「射らないで! 魔物狩り(スレイヤー)です!」
暗闇の中、離れていてもロジャーには相手が弓を構えていると判った。
対して相手の女エルフにも、ロジャー達二人が見えていた。エルフは感覚が鋭く、夜目も利くのだ。
結局お互いが相手に制止の言葉を掛けたので、大事には至らなかった。
「僕はエリク。ウェストリコの要請で、ビノラオスからやってきた」
「それは随分遠方から! 驚きました。僕はロジャーといいます。魔物狩り(スレイヤー)です」
ロジャーがこれ程までに魔物狩りである事を示すのは、広く民衆の間で魔物狩りが知られているからである。
報酬を受ければ魔物を倒してくれる存在として、古くから頼られているのだ。
「じゃあ敵ではなさそうだね。こっちもそちらにとって敵ではないよ。故郷では勇者と呼ばれている」
エリクはこれより遥か東、魔法国家ビノラオスの勇者として活躍しているとの事だった。
勇者は魔王とは逆の存在で、魔王が闇の神の陣営であるのに対して、光の神の陣営の英雄である。
強力な加護を得て、魔王を凌駕する力を神より授かっている。
要するに人類が崇拝する、神が遣わしたスーパーヒーローだ。
この世界の誰もが幼少期に憧れる、そんな存在である。男の子であれば一度は必ず勇者ごっこをした経験があるものだ。
「うわー! 勇者様なんですか!? 初めて見ましたよ! 握手してもらってもいいですか?」
「ははっ。別に構わないよ」
ロジャーもご多分に漏れず、勇者には憧れていた。
師匠の弟子になってからはすっかり修行の日々で忘れていたが、童心に返った気分であった。
エリクは有名人として扱われる事に慣れているのか、そうしたファンのあしらいは堂に入ったものがある。
握手する際、軽く肩に腕を回す所作などは手慣れたものだった。
ロジャーはエリクの右手を両手で握ると、すっかり感激した様子だった。
「そっちの君は? 大きいね・・・・・・あれ? 片腕が無い?」
エリクがアーロンに水を向ける。しかしアーロンは勇者に興味が無い様子で答えた。
「アーロンだ。なあ、ロジャー。俺達は魔獣を探してるんだ。こんな事をやっている場合じゃないぜ」
エリクはアーロンにも握手の手を差し出したが、すぐに引いた。
彼程の人気者になるとそれを妬み嫌う輩も居る。エリクはアンチの扱いにも慣れていた。
「魔獣だって? それはあそこで死んでいる獣の事かな?」
「何だと?!」
アーロンが驚きそちらを見る。
確かに魔獣キマイラが絶命していた。
完全に黒焦げであり、ところどころ崩れている。先程から肉が焦げたような臭いがしていたが、これが源であったかとアーロンは驚いた。
「それが、どうかした?」
サラッとエリクが問う。
アンチには力の片鱗でも見せつけて、威を示してやれば大人しくなるものだ。彼が経験上学んだ事である。
「これをお前がやったのか?」
「僕とベルドリットが戦ったけど、焼いたのは彼女」
エリクが親指で背後を指すと、後方に控えていた女が答えた。
「マデリンよ。宜しく」
幅広のブリムが印象的なとんがり帽子にローブを着ている。
宝玉付きの大杖を携えて、如何にも魔法使い然とした佇まいだ。
「ベルドリット。私も戦った」
負けじに、ずいっと女エルフが前へ出てきた。
大きな弓を背負っている。防寒着を着ているが軽装なようだ。細いシルエット。耳が見えるのでエルフだと判る。
応戦はエリクとベルドリットが行い、とどめに魔法で消し炭にしたのがマデリンだという。
「別に僕だけでもこの程度の魔獣は倒せたけどね。大したものじゃなかった」
「私の弓だけでも多分倒せた」
女エルフが被せるように主張してくるのを、エリクがウザそうにしている。
「ま、そういう事なんで、魔獣とやらの脅威はもう無くなったよ」
エリクがそう言い終える前から、アーロンが魔獣の死体に斬り掛った。
「・・・・・・何をやっているんだい?」
手柄の横取りでもしようというのか。エリクが不満気な声を漏らす。
無論そのような事をすれば、この場で斬って捨てられても文句は言えない。
「あの、魔獣のお腹に腕が入っているんです! 彼は鬼族で、それを見つけ出してくっつけたら治るんです!」」
ロジャーが手早く説明をした。すぐに解体用の小刀を抜き、アーロンを手伝う。
「何だって? ・・・・・・にわかには信じ難いな。嘘みたいな話だ」
片腕のアーロンだけでは大まかな斬り付けしか出来ない。
魔獣の焼け焦げた体表をザックリと大剣で斬り払ってから、胃袋らしき臓器をロジャーが小刀で切っていく。
エリクが黙って見る間に、二人は血塗れになった。臓物と格闘している感じだ。
魔獣の体表は黒焦げだが、内臓までは火が通っておらず生だった。
冬の寒気に湯気を立てながら血の海が広がる。
「うぇっ、グロ・・・・・・」
魔法使いのマデリンが魔法で光球を配置してくれたが、本人はあまりのグロさに気分が悪くなり、顔を背けていた。
「ハッハッ、酷いなこれは。本当に腕が出てきたとして、そんなの元に戻るの? あ、いや、済まない。だけど酷い有様だねこれは。ハハハ」
アーロンがエリクを睨み返したが、確かに常人から見れば馬鹿げた行為だった。
二人共血みどろでグチャグチャになりながら臓物を解体していた。
エリクも口元に手を当てて、マデリン同様少し気持ち悪そうにそれを見ている。平然としているのは女エルフのベルドリットだけであった。




