第069話 「これで終わりだ!魔王!」
(ケイオス視点)
「ま、待て! 私はまだ魔王ではないぞ! 魔王の卵だ。言わば赤ちゃん的存在・・・・・・ちょッ、その物騒な剣をしまいたまえ!」
光の剣で斬られては堪らない。私は慌てふためいた。
「何かコイツ変よ。魔王の癖にビビッてるわ」
女魔法使いが怪訝そうな目で見てくる。マズい。
「び、ビビッてなどいない! まずは話そう! 話せば分かる!」
「残念だけど僕は光の勇者だ。魔王との取引には応じない」
あー! そうだった! 過去の伝承などで、この手の取引は魔王の仕掛ける陳腐な罠だと露呈している。
昔の魔王達が信頼ある商談をしてこなかったせいで、今この私がそのツケを払わされるという訳だ。何という理不尽か。
「勇者くぅ~ん。そこを何とか。そんなに真面目にしなくても良いじゃないか」
私はどうにか捻じ込めないかと、揉み手をしながら話を持ち掛けた。
「こうして会ったのも何かの縁、と、友達になろうよ。アハハ、ハハ、ひゃん!」
勇者がブンッ! と光の剣を振るったので、私は必死でそれを避ける。
「危なっ! あっぶな! ちょっ今、掠った!」
ブンブンッ!
「待って! 無理! 本当に無理だから!」
クソッ! 容赦が無い。本当に殺す気だ。
「い、今の私なんか、もし魔王だとしたら最弱! 最弱なんだぞ! 弱い者いじめだ! 勇者がそんな事して良いのか!」
「一々うるさい!」
ヤバい、苛つかせてしまった。余計にエリクは攻撃の手を強めてくる。
「私なんか倒したところで、何の自慢にもならないぞ! やめて! 聖剣やめてよ! ねえ!」
相手は融通の利かない光の神の使徒だ。これを説得するのは不可能に近い。
こうなるともう絶体絶命である。私は生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされて泣きそうになりながら、いや実際もう泣き叫びながら必死に攻撃を避けた。
「やだやだ! これ以上されたら死ぬッ! 死んじゃう! ひぃぃぃっ!」
強化された身体能力のおかげで曲芸じみた動きをして何とか避けたが、このまま逃げずにいれば確実に殺されてしまう。
私は勇者の猛攻の間隙を突いて、大きく後ろに跳躍した。勢いそのままに飛行する。
流石に空を飛んで逃げれば追っては来れまい。
如何に勇者であろうと相手は人間。もっと早くこうしていれば良かったのだ。
「ディバインチャージフォーメーション!」
ん? 声に私は振り返った。
と、飛んで来る! 勇者が光の翼を生やして、飛んで来るではないか!
「バカな! 飛ぶなんてチートだチート! 何でも有りかこの卑怯者ォーッ!」
しかも向こうの方が全然速い。こっちは全速力で飛行しているというのに、もう追い付かれそうだ。
「神の奇跡に不可能は無い! 卑怯者は飛んで逃げているお前だ、魔王!」
窮地を脱したかと思っていたのに、再び追い込まれた。勇者が聖剣で斬りつけてくるのを、空中で必死に避ける。
「ひゃっ! いやっ! ちょ、やめっ!」
「ええい、しぶとい!」
当たれば恐らく一発死の聖剣を、幾度となく掻い潜る。
光り輝く刀身は、当たらなくとも私を焼いた。照射される光に照らされただけで火傷を負ってしまう。
何という威力! 今度ばかりはお終いだ。私は絶望した。
まだ攻撃を喰らってはいないが、このままではもう時間の問題である。いずれ避け切れなくなってやられてしまうだろう。
(おいたわしやケイオス様・・・・・・こちらへおいで下さいませ)
どこからともなくしわがれた声が聞こえた。何だこれは?幻聴か?
一瞬眼下を見やったが、大草原が広がるばかりだ。
(そう。その方向です。そのまま森の方角へお逃げなされ)
声の主が何者かは分からないが、私は藁をもつかむ思いで森へと飛んだ。
後ろには勇者がぴったりと追い付いて来る。
「これで終わりだ! 魔王!」
背後で、勝利を確信した勇者の声がした。
振り向くと光の剣を振りかぶった勇者の姿があった。聖剣が眩しく光ってよく見えない。
ああ。ついにやられる。私はその光景に観念した。
今、光の剣が、振りぬかれる。
「ほい。間に合いました」
突然目の前に影が出来た。私と勇者の間に割って入ったような形であった。
完全に攻撃の態勢だった勇者は、いきなり目の前に現れた何者かを敵と判断して、そのまま斬りつけた。
「痛ァイッ! ヒッヒッヒッ!」
不思議な事が起こった。
光の剣が切り裂いた何者かの身体が、断面から極彩色の紙吹雪を大量に撒き散らしたのだ。
真っ二つに斬られた身体はクルクルと奇妙な回転をしながら、赤、青、黄色や緑、とにかく色鮮やかな断片を吐き出し続ける。
(さ、ほら。お逃げ下され)
呆然とそれを見ていたが、森の方からの声に我を取り戻した。
勇者は紙吹雪にまとわりつかれて、聖剣を振り回しもがいている。今なら逃げられる!
私は森へと飛んだ。たちまち距離が開いていく。
振り返ると勇者はまだ剣を振り回しているようだった。
□■□■□■□■□■□■□■□■
(一方その頃。ロジャー視点)
「う……うう」
僕は目を覚ました。気を失っていたみたいだ。
一体何があったんだっけ。朦朧とする頭で思い出そうとする。
「・・・・・・はっ?! キマイラは?!」
辺りを見回したけど魔獣は居ない。
僕は四つん這いになって身体を起こした。
身体に異常は無いみたいだ。立ち上がる事が出来た。
おかしい。何とも無さ過ぎる。
僕は身体をあちこちまさぐった。パンパンとそこら中をはたいてみたけど、傷ひとつ無い。
あっ、そういえば膝に何かが刺さったはず。
・・・・・・あれっ?何の傷も残ってないぞ?!ただズボンの膝に穴が開いているだけだ。
キマイラにのしかかられて、痛めつけられたような気がするのに。
何故かとても身体が楽だった。不自然な程に僕の身体は全快していた。まるで魔法のようだ。
魔法といえば心当たりがあった。ぴーちゃんだ。
ケイオスがぴーちゃんは回復魔法を使えるとか言っていた。
まだ見た事は無かったけど、この身体の治り方からしてそれなんじゃないか。
「ぴーちゃん・・・・・・」
辺りは冷たい風が吹くばかり。潮騒と風の音だけだ。
ぴーちゃんは僕を回復して、居なくなってしまった。
まさか力を使い果たして、溶けて消えちゃったのか・・・・・・。
それか、この冷たい風に攫われて何処か飛ばされて行っちゃったとか。
いずれにせよ最悪だ。僕は少し涙ぐんだ。
今の僕は夜の闇の中、たった一人で立ち尽くしている。急に心細くなってきた。アーロンとケイオスが居ない。
あぁ、確かケイオスは真っ先に逃げてたな。何処に行ったのか分からないや。無事だと良いけど。
それよりアーロンは・・・・・・。
「そうだ、アーロンは?!」
思い出した!アーロンは腕を食い千切られて、大怪我をしているはずだ。
早く探さないと!
僕は心眼を使って、急いで気配を探る。
・・・・・・居た! 岩場の陰に倒れてる。僕は彼の所に駆け寄った。
「アーロン! アーロン!」
僕は必死でアーロンに声を掛け揺さぶる。
「グッ、ガハッ! ゴホゴホッ!」
「アーロン! 大丈夫?」
良かった、生きてる! 左腕は肩口から無くなってしまっていたけど、鬼族の超回復能力で傷口はすっかり被膜で塞がっていた。
だけど損傷個所が多いせいか、治癒が追い付かないみたいだった。
振り回されて飛ばされ、地面と激突したせいだ。骨があちこち折れてるかも知れない。
「ハァ、ハァ・・・・・・」
アーロンは苦し気に唸る。かなり衰弱していた。
「そうだ、薬!」
僕は荷物の中に神仙丹が一つだけあったのを覚えていた。油紙でくるんで入れてあるはずだ。
生憎と背負っていたはずの荷物は無くなっている。必死で逃げた時、どこかで落としたんだきっと。
僕は急いで荷物を探しに走った。




