第068話 「虚勢」
(ケイオス視点)
私は三人の人間共を威圧するように睥睨した。
「フン。人間如き脆弱な存在、殺す事は造作も無い」
三人は僅かにたじろいだ。ような気がする。まあ私から発せられる強大な魔力を前にすれば当然だろう。
というか反応が薄くないか。もっと恐れ戦くがいい。
「だが今、私は気分が良いのでね。見逃してやるから下がるがいい。元々短命な種族といえど、今すぐ死にたくは無かろう」
私は寛大にもそう提案してやった。だが女エルフが前へと進み出た。
「私、エルフだから違う。下がらない」
何だコイツ、揚げ足を取ってくるな。
「成程エルフか。確かに不老の種族だ。私の失言だったよ」
華奢な見た目に反して、気の強い女だ。
「だが不老長寿であろうとも、不死ではあるまい。殺されたくはなかろうと言うのだ。戦ったところで、お前の弓は私には効かんぞ?」
私は気を取り直しつつも威厳を保つ為、それと気づかれないように取り繕って問い掛けた。
「さっきは遠かったから外した。この距離なら必中。今度は頭を撃ち抜く」
女エルフは自身に溢れている。何か分からんが凄味がある。
「おっと、この美しい顔を傷つけるのはご遠慮願いたいな」
私は戯けて口元に笑みを見せてやった。
だが内心では忌々しい思いであった。
頭か。中々エグい事を言う。頭は流石に拙い。
如何に吸血鬼であっても、身体の仕組みを完全無視出来る訳ではないのだ。
脳に矢が刺されば、即座に思考不能となるだろう。いくら不死でも、それでは死んだも同然だ。
頭を撃ち抜かれぬよう注意せねば。私は肝に銘じた。
「頭を撃ち抜いて意識を失ったら、心臓に杭を打ち込む」
女エルフが畳み掛けるように言ってくる。
「全身に油をかけて念入りに焼いて、それから骨に塩を混ぜて埋める」
マズいマズい何だこの女! 何という抜け目の無さだ! よっぽど不死系の魔物とやり合ってきたのか?! えげつない程に執拗な、容赦無い復活対策をするつもりだぞ?!
「ハ、ハハッ! ハーハハハ! それで私を滅せるとでも?」
咄嗟にハッタリで笑って見せたが、顔に出て引き攣っていやしないかと心中では肝を冷やした。
「それでも死なないか?」
そんな事をされたら確実に死ぬわ! ふざけるな! どう考えても生きていられる訳が無いだろうが!
心の中では情緒不安定になりかけたが、何とか堪える。この女にだけは、絶対にやられる訳にはいかないぞ。
「実に愉快だ。そんなので私を殺すなど不可能であるのにな! 浅慮からこの私に弓引こうとは、命知らずも甚だしい。ハッハッハ」
不愉快だ! クソッ! と、とにかく今はハッタリがバレて舐められたら終わりだ。
私は両手を広げ肩をすくめて見せた。
「浅はかな考えは止めたまえよ。君が弓を引くよりも、私が君を切り裂く方が早いぞ」
余裕ぶってさも強者である風を装う。
だがもし女エルフが弓を構えたら、直ちに逃げなければならない。内心では戦々恐々(せんせんきょうきょう)としていた。
虚勢を張り続ける。ちょっとでも動揺したら撃たれるぞこれは。
「その蛮勇に免じてやろう。私に畏怖を抱き、畏まって退くならば命までは取らないでおいてやる。反対に、死にたければ前へ出よ。無残な死に方をしたければな」
ここまで私達のやり取りを黙って聞いていた青年が、無言で前へと歩き出した。
オイオイオイオイ! 空気を読めよこのガキがッ! 動いてんじゃあないぞッ!
いかんいかん! 我慢、我慢だ。私は取り乱した心中をおくびにも出さず、意外な体を装って感嘆の声を上げた。
「ほう? 逃げずに向かってくるのか。勇気があるな。腕に多少の覚えはあるという事か」
「僕はエリク。遠く東方の地、ビノラオスでは勇者と呼ばれている。僕が畏れるのは神だけだ」
あぁー、厄介な奴だこれ。勇者だときた。覚悟が決まっているじゃあないか。
もうウンザリである。サイコパス女エルフだけでも手一杯だというのにこれだ。
しかしここで下手に出れば、コイツ等は一斉に掛かって来るだろう。弱気になる訳にはいかない。
「フッ。まあ合格だ。私とやり合う資格はあるようだな。だが待て。命を粗末にするな。今ならまだ無礼を許そう」
ザッザッザッザッ。
エリクが歩みを止める様子は無い。上目遣いにこちらを睨んだまま、彼の表情は一切変わらない。
クソッ! 少しは躊躇して止まれば良いものを。こうなったら、やるしかないか・・・・・・。
「・・・・・・警告はしてやったぞ。私に刃向かうとは愚かな。精々無駄な抵抗をして、私を楽しませたまえ。そして」
言う間に向こうが止まってくれたらな、と一縷の望みに賭けたが、駄目だった。
と同時に、私は脳を高速フル回転して考えていた。
あの女エルフは脅威だが、目の前の若造はどうだろうか。勇者など口だけの可能性もある。
魔獣を倒す際の身体能力は見せてもらった。あれなら私の方が上だ。純粋に体術だけでも戦える。
後ろに控えている魔法使いの女。あいつは魔法の威力は凄いが、詠唱が長い。何か発動しそうになったらすぐ逃げれば大丈夫なのではないか。
ワンチャンやれるのでは。
よし、始末してやるぞッ!
「死ね!」
私は腕を振り上げて影爪を構えた。次の瞬間。
キイィィィ───ン!
甲高い耳鳴りのような音がして、エリクの腰に履いた剣が光り始めた。刀身がまだ鞘の中だというのに光が鍔の横から漏れ出ている。
私は危険を感じ、影爪での攻撃を止めて距離を取った。
「聖剣が、反応している?! まさかお前は、魔王なのか?」
青年が問いかけてきたので、私は答えた。
「ん? いや確かに私はいずれ魔王となる男だが、今はまだ違うぞ。何故だ?」
「光の神ヘリオンより賜ったこの剣は、倒すべき魔王に対して反応する」
青年がおもむろに剣を抜き始めると、刀身が強烈な光を放った。
「待て待て! 何だその光は?!」
ま、眩しい。
私は思わず顔を手で覆い隠した。指間の隙間からかろうじて彼を確認する。
まるで太陽の如き刀身だ。
聖剣を構える青年は、何とも英雄然としていた。
勇者エリクは光輝く刀身を大上段に構えて振りかぶっている。あれなら自らの視界は保ちつつ、対する敵には圧倒的有利だろう。何せ眩しくて直視出来ない。
あんなものに斬られたらどうなる。恐らく光を弱点とする魔物など、触れた瞬間に一瞬で浄化されてしまうのではないか?
ゾッとして身体中が総毛立つ。私は窮地に立たされた。




