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ドーンオブスレイヤー  作者: チュン
一章:魔獣討伐の旅
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第064話 「油断」

 ロジャー達は西にあるという大草原を越えようと、歩を進めていた。

 森を抜けてからというもの、腰までの高さに伸びた枯草の草原がずっと続いていた。遠く地平線までその調子だ。

 これから歩く距離を考えると憂鬱なのだが、三人は少し浮かれた様子であった。会話の端々に笑みがこぼれている。


「ねえ、何だか臭いがしない? しょっぱいような」

「俺は何も感じないぞ」

「潮の香か。いや、気が早過ぎやしないか? ロジャー君。視界の果てまで草原しか見えないじゃないか」


 三人は海を見た事が無かった。大草原を越えた先にあるという、海を想像するだけでロジャーは心が弾んだ。


「何だそれ? 臭いなんて全然しないぜ」


 元より鈍感なアーロンには何も感じられないようである。


「しおのか、って何? この臭いの事?」

「知らん。君は感覚が鋭敏過ぎる。まるで犬の鼻だな」


 ケイオスはロジャーに呆れてそう言った。

 表に出さぬだけで、アーロンとケイオスも心中では楽しみにしている。三人は談笑しながら歩く。


「あまり浮かれるな諸君。何が出るか分からんぞ」


 ともあれケイオスがそう窘めた。


「冬は熊も眠るよ。大丈夫じゃない? 危険な気配はしないし」


 その通りだった。枯れた草原では生き物の気配が少ない。

 僅かな活動中の小動物ですら、ロジャーには全て感知出来ていた。


「フン。何か出たら、俺が叩き斬ってやるさ」


 仮に熊が出たとしても、アーロンなら対処可能だ。背の大剣で片がつく。

 ロジャーも魔物化した熊を倒した事はあった。大変なので戦いたくはないが。

 現状まず大概のアクシデントにも対応可能である。だから三人とも、どこか気が緩んでいた。

 心のどこかで、もう任務は終わったようなものだと思っていた。

 この大草原を突っ切って、海を見て帰れば良いと。まるで観光気分になっていたのである。



□■□■□■□■□■□■□■□■



 やがて歩き通しだった一日が終わった。

 特に困難な状況も無く、日暮れになったので野宿をした。

 今回は十分な水と食料を持って来ている。飢える心配も無い。

 三人は食事を取った後、火を囲んで休んだ。


「何事も無さ過ぎて、拍子抜けだな」

「別に良いんじゃない? 楽な任務で」

「外の世界は、もっと強敵にまみえるもんだと思ってたんだ」


 アーロンは不満気だ。


「君は戦闘狂だなアーロン。少しは平穏を楽しみたまえよ」

「そんな風だからお前は身体が弱いんだぜ、ケイオス。戦いに身を置かねば弱る」

「フン。何も分かっていないようだが、これは仮初の身体だからな」


 ケイオスは捨て台詞を吐いて横になった。

 三人は交替で眠り、翌日を迎える。



□■□■□■□■□■□■□■□■



 結局この日も朝から歩いて、夕暮れ前に差し掛かった。

 大草原が唐突に途切れ、その彼方に水平線が見える。長い道のりをついに踏破したのだ。


「ねえ! あれが海かな? そうだよね!」


 まだ大分遠い内からロジャーが指差してはしゃぎ、三人は足取りも軽く草原の終わりへと向かっていった。 


「うわあ……!」


 ロジャーが感嘆の声を上げる。他二人も歓声を漏らした。

 海は、三人の期待した通りの見晴らしであった。


 ザザーン・・・・・・ザザーン・・・・・・。


 足元は岩場になっていた。

 大地が風雨に浸食され、断崖絶壁となった高い丘の上。

 三人は崖の上から、遥か遠く水平線まで続く大海原を見つめていた。

 夕凪だ。このひと時だけは風も無く、寒さが和らいでいる。

 彼方から夕陽が草原を照らし、景色を薄っすら赤く幻想的なグラデーションで染め上げていた。

 眼下で寄せる波が砕け、白く泡立ちながら帰っていく。濃いいその香り。

 自然の眺めの何と美しいことか。


「ねえ! あれどうなってるのかな? 何で波が立ってるんだろう?」

「さあな。こういうもんなんじゃないのか?」

「一説によると、海神ポセイドンが呼吸しているからだという話だぞ」


 ロジャーが興奮して騒ぎ、やがて三人共しばらく歓談する。

 

 ザザーン・・・・・・ザザーン・・・・・・。


 その時、三人が騒いでいたせいもある。そして波の音で聞こえなかった。

 断崖絶壁から猫のようなしなやかさで、トッ! と巨大な獣が上がってきた音が。

 それは異形であった。

 家屋程もある巨大な体躯たいくに、獅子と山羊の頭が二つ付いている。尻尾は大木のような太さの大蛇。背中には蝙蝠のような羽が畳まれていた。

 これがロジャー達の探していた魔獣キマイラである。

 幸か不幸か、魔獣が断崖から上がってきた位置はだいぶ離れていた。故にまだ誰も気付かずにいる。

 その巨躯きょくからは不釣り合いな小さな足音だ。獅子の足は時に、猫のように音を立てない。

 魔獣の耳がピクピクと動く。耳の向きは一定の方向を指し示し、そちらを獅子の頭が見回した。ロジャー達が騒いでいるのを聞きつけたのだ。

 離れた距離であったが、獣の感覚はもはや完全に獲物を認識した。今にも飛び掛からんと身体をたわめる。

 ルルルルォォォ・・・・・・。魔獣が静かに喉を鳴らした。


「・・・・・・えっ?!」


 魔獣の発する殺気に、ロジャーがやっと気づいた。

 仙術流派の感知能力からすると、いつもならもっと早く気付けたはずだった。

 だが油断して弛緩し切った精神は、全く警戒を怠ってしまっていた。 


「うわっ! あ、あれ!」


 驚いたロジャーが狼狽した声を上げる。

 まだ大分距離があった。人が全力疾走したら多分四、五十秒はかかる距離だ。


「どうした?」

「ん? 何ィッ?!」


 アーロンとケイオスがそれぞれ一言発する内に、魔獣が跳躍した。

 バサッ! と背の翼を開くと、その羽を広げて滑空するように空中を飛ぶ。

 恐ろしい光景であった。巨大な魔獣が飛来してくる。

 その速度は速く、遠かったはずの距離があっという間に詰まった。

 ドォン! と地響きを立てて、魔獣がロジャーの目の前に着地する。


「グルルォオオオーッ!」


 凄まじい咆哮だ。その大音だいおんに、ロジャーは腰を抜かして尻もちをついた。

 肝の太いアーロンですら、咄嗟には何も出来ずたじろいだ。とても背の大剣を抜く余裕が無かった。

 ケイオスだけがもう走り出している。彼は逃げ足が速かった。

 戦うという選択肢が無い分、判断が早い。逃げる一択である。魔獣が飛んできているのを見た瞬間から、背を向けて全力疾走していた。


「うわぁーッ! ああああ!」


 ロジャーには悲鳴を上げる事しか出来ない。失禁を免れただけでも精一杯だ。

 目の前で魔獣が大口を開ける。息の掛かる距離。生臭い濃厚な獣臭がした。

 もう一巻の終わり、というところだった。

 ロジャーは襟首を後ろから掴まれた。グイッ! と後ろに引っ張られ、そのまま放り投げられて後ろに転がる。

 あまりの力に、頸動脈が締まって一瞬意識が飛んだ。




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