第062話 「戦争の危機」
宴の翌日。昼過ぎにロジャー達がクーガーの元を訪ねると、彼はこのような話を聞かせてくれた。
ノースシルヴァン。国を名乗るこの部族には、越冬に備えて秋に大規模な狩猟を行う慣例行事があった。
例年に漏れずクーガーは部隊の陣頭指揮を執り、後方の安全な位置に王女シクラメアを連れてきていたそうだ。
毎年の行事を彼女は嫌っていた。しかしいずれは民草を導かねばならない。一粒種の愛娘として少々過保護な位に育ててきたが、慣例行事は必ず参加させていた。
「あの子が嫌がっているのを分かっていて儂は連れてきていたのだ。儂の責任だ」
「アナタのせいじゃないわ。私があの子に付いていれば」
傍には護衛としてサーネリアという近衛兵が率いる一部隊を付けていたそうだ。サーネリアは強く、皆が精鋭だった。
だがキマイラが襲撃してきた時、部隊はほとんど一瞬で壊滅したという。
奇襲だった。まさに神出鬼没である。
まず突進してきたキマイラに蹴散らされ、その場にいた戦える者達の半数以上が負傷した。死んだ者も多い。
無傷だった者は応戦しようと槍を構えたり弓に矢をつがえたが、暴れ回る魔獣に全く歯が立たなかった。
極めつけに魔獣は火を吹き、焼け焦げた死体が多数転がった。
キマイラが去った後、部隊の大勢が姿を消していたという。
黒い鎧を着た正体不明の敵が、まだ動ける者を連れて行ったと生存者が語った。
現在、王女シクラメアは護衛サーネリアと一緒に行方不明である。
クーガーはキマイラの背後に黒幕が居ると知った。魔獣を操って攻撃し、捕虜を捕った謎の敵が居る。
「そんな訳でな、儂はウェスティアが怪しいと睨んだのよ。錬金術で魔獣を作り出すなんぞ、奴等の仕業に違いない」
彼等はウェスティア国に当たりをつけ、その最北端の都市ウェストリコを目指した。
遥か北西のノースシルヴァンから南東へと遥々南下して、現在ここウェンドリドまでやってきたのだそうだ。
ところが村に入ると、ここも襲撃されていた。
村人は一人も居らず、家屋に争った形跡が残され、死体がいくつか見つかった。
体毛や焼け焦げた死体など魔獣の痕跡から、自分達を攻撃したのと同一の敵によるものだと推測される。
宰相ジェイコが風の精霊による伝令を飛ばして周辺部族に送ったところ、いくつもの被害が発生している事が分かった。
すぐさま連名で警告の書簡をウェスティアに向けて送ったが、特に音沙汰も無く今に至るという。
「よりによって儂の娘を攫うとは、絶対に許せん。斯くなる上は戦争よ!」
愛娘を奪われた夫妻の悲しみと怒りは、如何ばかりか。
ロジャーも心を痛めたが、どうも話の方向性がきな臭くなってきた。
「まず手始めとして、スティリア砦を陥落させるのだ!」
「あ、あの! 僕等はその、ウェスティアから要請されて来たんです!」
ロジャーは自分達がキマイラ討伐を依頼された事をクーガーに話した。
「フン。それでウェスティアがやっていないという事にはならん」
「はい?」
クーガーは顎髭をしごき、眉間に皺を寄せながらロジャーを睨んで言う。
「むしろウェスティアがやっていないという姿勢の為に、お前達を寄越したのではないか? 儂にはそうとしか思えん」
「え……」
ロジャーは絶句した。確かに邪推すればそう考える事も出来なくはない。
クーガーからすればこんな頼りない若造に重い任務を任せるなど、ウェスティアの真意が測りかねる様子であった。
「まあとにかく一発かましてやれば分かるわい。こちらが本気だと判れば、ウェスティアも驚いて本音を吐くかも知れん」
「いや、戦争はちょっと……大変な事になりますよ」
そもそも本当にウェスティアがやったかも分からないのだ。
豊かなウェスティアに、魔獣を使って北の部族を襲う必要性が感じられない。領土は広大で農地も十分にある。わざわざこんな事をするとは思えなかった。
「まあ砦なんぞ一日あれば落とせる。造作も無いわい」
「ええ? そうはいかないですよ。大きな被害が出ます。砦は頑丈ですから」
冷静に考えて、あのスティリア砦を落とせるとは思えなかった。砦を攻略する為の兵器が無ければ無理だ。
クーガーがどうするつもりなのか、ロジャーには見当もつかない。
「あんなもん、どうとでもなるわい。外壁登ったっていいし、門をぶっ叩いて壊してもいい」
クーガーはベラベラと話した。
地霊の爪と呼ばれる武具は魔法が掛かっており、切っ先が岩や土を簡単に切り裂く。これで垂直の壁でも昇って行ける。
また、シャーマン数人で巨大な土人間を作り出し、門を殴り倒して制圧してもいい。
儂が大槌で殴って破壊も出来る、とか何とか。
そんな事を調子に乗って話してしまったので、宰相ジェイコが止めに入った。
「陛下、それは我が国の軍事機密です。みだりに話してはなりません」
クーガーは決まりの悪い顔で咳払いをする。
「ゴホン! まぁ細かい事ァいい。とにかく楽勝だ。あんな土くれ如き、一日あれば陥落させてやるわい!」
なんという事だろう。これを聞いてロジャーは動揺した。
クーガーは本気でやろうと思えば、簡単にやってしまえるのだ。
この北の部族には砦を落とす為の高度な技術は無い。そう考えて勝ち目の無い戦は仕掛けないだろうと高を括っていた。
だが、その分自然を扱う魔法や呪術が発達しているのだ。戦となればどちらが優勢となるか、分かったものではない。油断しているとウェスティア存亡の危機である。
「いやいや、ちょっと待って下さい! 必ず僕等がキマイラを見つけます! そしたら師匠が何とかしてくれるんです!」
着火寸前の爆弾みたいな状態をどうにか止めさせようと、ロジャーは必死になった。
「もう引き下がれないとこまで来とるんだ。キマイラを探し出し、娘を攫った奴等もろともぶち殺してくれる!」
クーガーの決意は固い。その目は復讐に燃えていた。
「ところでお前、何だその師匠というのは。余程大層なヤツなのか?」
「は、はい。アイザックという名の、仙術流派の魔物狩りです」
あの師匠は今までどんな魔物と戦っても、当たり前のように倒している。家屋程の大きさのキマイラは倒せるかどうかというと心配ではあるが、あの人ならきっとどうにかしてしまうに違いない。
ロジャーは師匠の強さを何とか説明して、クーガーを説得しようと考えた。
「ハッハーッ! アイザック! アイザックと言ったか今?」
ところがクーガーは、その名を聞くと目を丸くして笑い出した。
「なるほど! ウェスティアはあの男を頼ったか。ついに重い腰を上げおった。連名で書簡を送った甲斐があったわい。わははは!」
急に上機嫌となったクーガーに気後れして、言葉に詰まるロジャー。
「するとお前達が、流星天翔アイザックの弟子か! 早く言ってくれれば良かったものを!」
そう言えばこれまで師の名を出してはいなかった。その名を口にした途端にクーガーは喜色満面で笑い、態度を一変させる。
「りゅ、りゅうせいてんしょう? えーと、師匠を、ご存じなんですか?」
「ご存じも何も、奴とは旧友よ。今までに儂が負けた唯一の男だ。あのアイザックが調査に当たってくれておるというなら、砦への攻撃は一時見合わせるとしよう」
多少食い気味に答えるクーガーに、ロジャーは面食らった。
「・・・・・・本当ですか?! いえ、もう、聞き入れて頂けるならありがたいのですが」
「無視すればこっちが殺されるわい。戦を起こせばアイザックはウェスティアにつくだろう。そうなれば勝ち目は無い」
にわかに信じ難いまでの手のひら返しだ。それ程までに師匠は強いのだろうか。目前の熊か暴れ牛のような男が、こうも態度を豹変させるとは相当なものである。
「是非彼に会いたい。ここへはいつ来るのだ?」
本来なら既に師匠はこの村に到着して待っている手筈であった。ロジャー達が遠からずここへ来る事は知っている。そう日数は掛からないだろう。
そのようにクーガーに伝えると、師匠を待つ事になった。




