第056話 「仙術流派の得意と限界」
「ぐぬッ! すばしっこい奴め!」
ケイオスが使い魔であるケセランパサランにつかみ掛るが、白い毛玉はフワリと身を躱して捕まらない。
右手、左手と交互につかもうとするケイオスの腕だが、そこに起こる風の動きを利用するように毛玉が浮き上がってそれを避けていく。
まるでお手玉をするような態勢となり、ケイオスがつんのめって前に倒れて膝をついた。
「ぐッ! このォッ!!」
膝を擦りむいた痛みが余計に彼を煽った。
激昂した彼が更につかみ掛かると、浮き上がってそれをかわした毛玉がロジャーの肩に飛んで着地した。
「このッ! 不良品がッ! マスターに反抗ッ! しおってッ!」
言いながら四度腕を振るったが、全て宙を切った。
今度はロジャーが体を捻って、ヒョイヒョイと避けたのだ。
仙術流派に正面からつかみ掛かっても無駄である。時の神眼でどんなに速い動きも見切られてしまう。
ロジャーは毛玉を肩に乗せたまま、最小限の動きでケイオスの腕を回避した。
傍から見ていると不思議な程に当たらない。
闇雲に振り回すケイオスの腕がいとも容易く避けられていく様子を見て、アーロンは感嘆の声をもらした。
「ほう! わははは! へなちょこ過ぎる!」
いや、感嘆は通り越して、ケイオスへの嘲笑になっていた。
またバランスを崩したケイオスが倒れ、四つん這いになったところへその笑い声が刺さる。
「ぐぬぅううう! 腹が立つ! ロジャー君、私の使い魔を返したまえ!」
ケイオスが悔し気に叫ぶと、ロジャーは背を向けて歩き出した。
「あははは! 捕まえてみなよケイオス!」
その肩の上で、使い魔が主を振り返る。
べーっ。
舌を出した。
「もう許さんぞッ!」
本気で怒ったケイオスは、息が上がるのも構わず追いかけてつかみ掛った。
ロジャーは背を向けたまま、またも最小限の動作で全て避ける。
・・・・・・こうして一行は砦へと道を進んでいった。
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太陽が夕日になるより前に、スティリア砦の門前まで辿り着いた。
スティリア砦は峠に造られた巨大な建造物だ。迂回路など無く、山を越えるにはこの門を通るしかない。
スティリア砦より北は、山道を下ればもう魔物や蛮族が跋扈する未開の地だ。
過去百年来、王国と北の勢力は幾度となく争いを繰り返しており、峠の北からウェストリコ周辺に至るまでが何度も血に染められた。それ故このスティリア砦が建てられたのだ。
「よし、通れ」
ウェストリコでもらったあの手紙を出すと砦の門が開いた。揉め事は無く、それどころか砦の警備隊からここで一泊して良いとの許可があった。
これからより一層険しくなる冒険の旅に備えて、ロジャー達は砦で一泊した。
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「今日は少し寒いな」
次の日の早朝、砦の北門をくぐるとアーロンが言った。
「ア、アーロン、流石にこれは、凍えちゃうよ?」
砦の北側に出た途端、まさに北風が吹きつける。それは冷たく凍てついていた。
ロジャーとケイオスは凍えるような寒気にガタガタと震えた。
それでも防寒具を着込んでいる二人の方がまだマシなはずだった。
「ん。いや、凍えるって程ではないぞ。多少寒いけど。山道を下れば風も止むだろう。さっさと行こうぜ」
アーロンはいつもの黒装束で平然としている。その後を縮こまるようにしてロジャーとケイオスは歩いていた。
「ううっ! さ、寒い!」
南側と違って、北側の山の斜面は木々が全て切り倒されている。
砦から見て視界を遮る遮蔽物が全て除去されているのだ。敵が押し寄せた場合に隠れる場所を無くし、矢や投石を防げないようにする為である。
その為、切り株だらけの山肌を北風が容赦なく吹き付けてくる。
「これ、大丈夫なのかな。このまま進んだら僕達遭難するんじゃ・・・・・・」
これから先は未開の地。加えてこの寒気である。ロジャーはこの旅が無謀なのではないかと思い始めた。
「ぴぴいっ!」
ケセランパサランが鳴いている。
振り返るとケイオスがしゃがみ込んでいた。
「なにやってるのケイオス! 早く来なよ! 置いてくよ!?」
ケイオスはモサモサとリュックを漁り、中からフィーバーポーションを取り出した。
「あっ! ちょっと!」
一滴飲んだようだ。スックと立ち上がったケイオスは、こちらへズンズン歩いてきた。
あっという間にロジャーと並び、若干早いペースで歩いてゆっくりと追い越し始める。
「フッ。身体が熱い」
「もう! 倒れたらそのままにして行くからね!」
そうして三人は山道を下って行った。
いい加減凍えてきた頃に山を下り切り、平地に到達する。
しばらく進むと風は止んだが、今度は雑木林と深い枯れ藪が行く手を阻んだ。
「丸っきり通れるとこが無いな。こりゃ切り払わなきゃ先へ進めないぜ」
見渡す限り藪が広がっている。これでは壁に等しい。
アーロンが山刀代わりに大剣を抜き、それで藪を切り払った。。
本来の用途ではないが、人外の怪力により振るわれる大剣は行く手をを綺麗に狩り取っていく。
森に穴を開けるようにして藪を抜けて行くと、少し開けた場所に出た。
「流石にちょっと疲れたな。少し休むか」
ここまでで昼近くになっていた。
空は曇っていて太陽が見えないので、正確にはどのくらいか判らない。
小休止する事にして、三人は地面に腰を下ろした。
「熱い。私はまだ歩けるぞ」
ケイオスはしきりに体温の上昇を訴える。
ロジャーは冷える身体に苛みながら、それを少し羨ましいと思った。
「ケイオス、僕もあのポーションもらってもいいかな?」
そう話しかけた時であった。
「!」
カッ! カッ!
数本の棒状の物が飛んできて、地面に当たって跳ね返る。
「伏せて!」
ロジャーが叫ぶとケイオスとアーロンは周囲を見渡した。
「何だ?!」
アーロンが立ち上がった。
ケイオスは懐から白い貝を取り出す。
「矢だよ! 矢が飛んできてる!」
棒のような物は、矢であった。
矢羽根も鏃もついていない。木の枝の先端を削っただけの、曲がったりした歪な矢だ。これでは真っ直ぐに飛びもしないだろう。
カンッ! カンッ! カカッ!
それでも数撃てば当たるというかのように、周囲から一斉に矢が飛んできて地面に当たる。
初めにロジャーが標的にされた。
だが逆にそれが良かったかも知れない。どんなに速い飛来物も、仙術流派には見切る事が出来る。
上体を反らしたり屈むといった大きな動作から、首を捻る、片足を持ち上げるなど、最小限の動作で全ての矢を回避した。
更にロジャーは剣を抜き、矢を刀身で払い除ける。
心眼で探る。森の木々の中に、何かが居た。
それは獣だった。
犬のような顔に、身体つきは人間。獣人だ。
「コボルドだ! 木の上に居る! そこの藪にも!」
ロジャーは心眼を駆使して気配を探り、周囲に多数の獣人を感知した。
コボルドは犬の顔をした小柄な獣人だ。武器を扱える程度の知能を持つが、決してそれは洗練されたものではない。
粗悪な弓矢や石斧で武装したコボルドが、感知出来るだけで十数体居る。
周囲を囲まれていた。
これではいくら時の神眼を使おうと、一斉に攻撃された場合に矢を避け切れなくなる可能性がある。
ロジャーは肝を冷やした。
周囲に目をやると、ケイオスが消えていくところだった。
無言でそれを見送る。あいつはしょうがない。
アーロンはと見ると、大剣を振り回してコボルドを倒し始めていた。
背中や胸に矢が軽く突き刺さってはいるが、効いている風ではない。恐らく大丈夫だろう。
アーロンが暴れて目立つ間に、ロジャーは小石を拾った。
魔力を込めると腕の呪印が服の下で輝きを放ち、袖口から光が漏れる。
仙術流派発勁初級技、当て菱。
ロジャーは小石を拾っては、矢継ぎ早にいくつも投擲していく。
急所に当たれば必殺の威力を有する石つぶてが、樹上のコボルドを次々に射抜いた。
数体のコボルドが木から落下する。命中率重視で胴体を狙って当てたので死んではいないが、これならしばらくは動けないだろう。
仲間がやられたのを見たコボルド達が警戒して距離を取った。
ロジャーは剣を構える。この距離なら、投射物は怖くない。
「いける。勝てるぞ」
そう呟いた直後、森の奥からコボルドの群れが姿を現した。
五~六匹、と思っていたら奥からまだ来る。十匹以上居るではないか。
「いや多いよ!!」
大群だ。堪らずロジャーは背を向けて走り出した。




