第055話 「使い魔に頬を殴られる」
「ぴぃ~~~! ぴぴっ!」
ケセランパサランが悲痛な鳴き声を上げている。
「ぐぬッ! 入らんッ!」
今まで使っていた瓶に入らないのだ。
ケイオスが躍起になって押し込むが、彼の使い魔は明らかに肥大化していてその瓶には入りそうにない。
「このッ! 痩せろデブ!」
「ぴぃ~~~!」
昨日の晩餐で英気を養った一行は早朝から支度を整え、泊まっていた宿を出ようとしていた。
水や食料など必要な物資も一通り装備し、後はここを出るばかりなのだが。
「ぴーちゃん太っちゃったね。それもう無理じゃない?」
「誰のせいでこうなったと思っているのかね?!」
ロジャーのせいだった。この少年はケイオスの使い魔を大層可愛がり、その主人がもう止めろと散々注意したにも関わらず餌をやり続けた。
気が付けば、大き目の柑橘類サイズまで膨らんでしまっていたのだ。
「仕方が無い。良い大きさの入れ物が見つかるまで、このまま出しっぱなしにするしかないな。はぐれるなよ、グウェイン」
「ぴぃっ!」
元気に返事をする可愛らしい使い魔を見て、ロジャーは眦を下げた。
「良かったねぴーちゃん、お外に出たままだね。大きく育つんだよ」
「やめたまえロジャー君。これ以上、私の使い魔に勝手に餌をやるなよ」
ケイオスは顰め面でそう言った。
結局、彼は使い魔を肩に乗せたまま宿を出る事になった。
「それじゃあな、またどこかで会ったらワシの馬車に乗せてやるよ」
ここまでしばらく道中を共にしたコネリーに別れの挨拶を済ませ、アーロン、ロジャー、ケイオスの三人はウェストリコの街中を北へと向かう。
冬の早朝、外に出ている人はほとんど居ない。時折すれ違うのは市場へ商品を運ぶ商人などが一人二人といったところだ。
一行は冬の寒空の下を北へと進み続けた。
街を出れば、風がより寒さを伝えるだろう。
ここから北は更に寒気が強くなるという。ロジャーとケイオスは布の帽子と首巻き、上に羽織る物など十分な防寒具を装備してきた。
アーロンだけはいつもの黒装束である。
どうやら半人半鬼である彼は寒さに強いらしい。一応防寒具は持って来たが、バックパックにしまい込んだままにしている。重たい大剣に背嚢を重ねて背負い、平然と歩いていた。
「全くなんつー広さだこの街は」
アーロンがうんざりした声を上げる。
広大な面積の街並みを外れへと歩くだけでも結構な時間が掛かった。
外壁に設けられた門には守衛が二人立っており、このような早朝から門を通ろうとする三人に理由を尋ねてくる。
色々と詰問されたが、魔物を狩る使命で北のスティリア砦を抜けたいと答えると通してもらえた。
おまけに何やら手紙をもらった。スティリア砦でこれを提示するようにという。恐らくこれを見せれば、面倒な事も無く通過させてもらえるのだろう。
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ウェストリコを出てからも歩きに歩いた。
半日以上が経過して、ようやく砦のある山道の麓に差し掛かれたくらいである。とにかく距離があり、しかもここからは斜面を登っていく。
ケイオスが案の定へばって休憩を要求した。
「ハァハァ諸君、私はもう限界だ。ちょっと待ってくれハァ、ハァ」
ロジャーもアーロンも健脚であるとはいえ、確かに疲労感がある。
「ああ、ちょっと休憩するか。履き物がもう駄目になった。交換したい」
アーロンは体重が重い。負荷で履き物が壊れてしまった。鬼哭き村を出てここに至るまでにも、既に二足草鞋が駄目になって交換していた。
こういう事もあろうかと全員分、予備のブーツをウェストリコで購入してきてある。ここで履き替えよう、となった。
「限界まで使ったな。もうボロボロだ」
脱いだ草鞋をつまむ。
草鞋の底には穴が開き、その穴を通してアーロンはロジャーと目を合わせた。
「僕もこんなに歩いたのは人生で初めてだよ。正直もう歩きたくない」
ロジャーは愚痴を言った。
確かに今回は長旅であった。庵を発ってから鬼哭き村を経由し、ウェストリコに着くまでだけでもう半月以上が経過している。
普段から魔物退治で山道を歩いているロジャーであっても、足がパンパンの状態になっていた。
各々、しまっておいた皮ブーツを荷から取り出す。
「おッ! おぉ! なんだこりゃ。なんかすげえ」
アーロンが奇声を上げた。彼はブーツを履くのが生まれて初めての経験である。
「素足じゃ駄目だよ。靴下も買っといたから履いて。足に馴染むまでは固いから、最初は靴擦れで痛くなるよ」
ロジャーもブーツは初めてではあるが、普通の革靴は幼い頃一度だけ履いた事がある。
「こりゃ丈夫そうだな! 草鞋とは比べ物にならないぞ。すげえ!」
足を踝まで覆う牛皮のブーツは靴底が厚く、これならば多少尖った物を踏んでも平気そうだった。
「こりゃあもう草鞋なんて履いてられないな!」
アーロンは興奮して、穴の開いた草鞋を遠くに投げた。それを見たロジャーが笑う。
「履いてられないね!」
粗暴な行いが愉快に感じ、ロジャーも真似して草鞋を投げ捨てた。
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しばらく休んで全員の呼吸が整った。各々が水筒を回し飲みして水分補給する。
「さて。日が暮れる前に砦まで上がろう」
アーロンが立ち上がる。
これは大袈裟な言い方だった。ここが砦の麓だから、もう然程の距離がある訳ではない。
とはいえ冬の昼過ぎの太陽は低い。もたもたしていると本当に日が暮れてしまうかも知れない。
この先は右が急勾配な山の斜面、左片側が切り立った崖となった道が、曲がりくねって長く続いている。
崖下は谷で急流の沢が流れていた。まさしく天然の要害であった。
「はぁ~。もう行くのかね。もうちょっとゆっくりしないか?」
ケイオスは座り込んだまま、魔導書を読みながらそう言った。この痩身の青年は体力が無い。他の二人と比べて根性も弱かった。
アーロンとロジャーは顔を顰める。
ポコッ!
不意に肩に乗っていた使い魔が、主を殴った。
「・・・・・・?!」
とはいえモフモフした毛玉から出ている、小さなお手々での平手打ちである。爪すら無い。
普通の人間の手であれば、人差し指でぷにっと頬っぺたを突いた程度の威力だった。
全く痛くはない。
だがケイオスは殴られた姿勢のまま、顔を横に向けたままでしばらく固まった。
「グウェイン・・・・・・」
その蛮行に沸々(ふつふつ)と怒りを沸かしながら呟く。
「貴様、マスターに反抗するかッ!」
ケイオスが勢いよく立ち上がった。




