第053話 「月影穂村麿」
「また一匹潰してやったわ。ほぉっほっほっ!」
顔面白塗りの男が笑っている。
その異様な態度を見て、殺された男と対面で座っていた女が席を立った。後ずさりしながらうわずった声を上げる。
「あ、あんたイカれてるわ!」
「んん? 麿に言うておるのかえ?」
男がとぼけた様子で答える。
「この人殺し!」
女がそう叫ぶと、男がさも心外そうに笑った。
「ほっほっほっ! 馬鹿を申せ。あれが人でなどあるものか」
笑いながら反論する。その様があまりに堂々としているので、皆が静まりかえってそれを聞いた。
「麿の日輪の剣は吸血鬼を滅する剣ぞ。人に当たっても斬れはせぬ」
男は周囲を見渡してから更に声を張り上げて言う。
「あれは人に化けた鬼! 吸血鬼でおじゃる! 麿は害虫を一匹潰しただけじゃ。人殺しではない」
女が驚いたような顔つきになって呟く。
「吸血鬼・・・・・・?! ジョンが、吸血鬼だったって言うの?」
「その通り。お主は騙されておったのよ。血を吸われ、殺される前に助かって良かったのぅ」
女は腰が抜けた様に膝から崩れ落ちる。まさかつき合っていたのが吸血鬼だったとは、思いもしなかったのだろう。
「おう何だ、揉め事か?」
騒ぎを聞きつけて、店の奥から巨漢が現れた。
店の用心棒だ。筋骨隆々の大男が、拳をボキボキと鳴らしながらやって来る。
給仕娘から事情を聞き、威嚇するように男を睨みつけて言った。
「まさか店内で殺したぁ普通じゃねえな。言葉は通じるか? 出ていけ」
用心棒は形式的にそう伝えた。もちろんその目つきは、退店に応じなければ即座にお前を攻撃する、という意思を言外に含ませている。
顔面白塗りの男は表情を歪ませて、さも面倒臭そうにした。
「だから殺しではなく駆除したまでじゃ。話の分からん奴が出てきたのう」
「あぁん? 店内で暴れておいて、文句があるのか」
用心棒はどんな事情があろうとも、乱暴狼藉を働いた相手は退店させる。言い分など聞かない。
これは喧嘩になるぞ、と誰もが事の次第を窺っていた。
「まだやる事があるのじゃ。吸血鬼共は居心地の良い場所に、自然と集まる性質があるのでおじゃる。一匹見つけたら、周りにまだ潜んで居る事も・・・・・・」
男が最後まで言い終わらない内に、用心棒が殴り掛った。
「ゴチャゴチャうるせえ!」
男は視線を周囲に彷徨わせていた。完全な不意打ちのタイミングである。
用心棒というのは職業柄、ならず者の話を一々聞いているようでは仕事にならない。先手必勝だ。ごねる相手には拳で分からせる。
それは剛拳だった。常人の倍ほども太い剛腕から繰り出されるパンチは、これまで幾度も暴漢を一撃で倒してきた実績があった。
「うがッ!」
ところが、用心棒の拳は届かない。
突如として男の足元から真っ黒な影が出現し、用心棒の拳より速く腕を振るったのだ。
動作としては爪で引っ掻くような感じだった。
ただそれだけで、巨漢の用心棒が押し戻されるように数歩後ずさる。
胸元から噴水のように激しく出血し、膝をついて崩れ落ちた。彼は傷を押さえ呻いている。おびただしい流血。相当な深手を受けたようだ。
「おや? 麿に手を出さぬ方が良いぞ」
用心棒が反撃を受けた事に気づいた男が、事も無げに言った。
「麿は式神に護られておる。式神は襲い来る者を勝手に攻撃してしまうでな。怪我をしたくなかったら、大人しくしておる事じゃ。ほっほっほっ!」
男の足元から真っ黒な影が伸びている。
衆目の中、人型の影が立ちはだかって周囲を威嚇するように唸り声を上げた。
「グルルル・・・・・・」
喉を鳴らすような声。
いや、声ではない。直接頭に響く思念のようなものだ。
それは生者への凄まじい怨嗟と憎悪で狂っていた。強い殺意が伝わってくる。
「麿は吸血鬼以外の相手は得意とするところではない。じゃが、そこはコレが全て片付けてくれるのでおじゃる」
男は悪びれずそう説明すると、用心棒の男に近づいて札のようなものを差し出した。
「治癒の符じゃ。傷口に貼るが良い」
苦しそうにしながら用心棒が見上げる。しばし逡巡した後、それを受け取った。
治癒の符と言われても、こんな物はここらでは見た事が無い。用心棒が恐る恐る札を傷口につけると、そこに書いてある文字が光を放ち傷を癒した。
「おぉ……!」
周囲の者達も驚いてどよめきが上がる。
通常このように流血するような深手は、腕利きの癒し手でも治すのにもっと手間が掛かる。
包帯を当てるなど止血をして傷口を手当てし、錬金術を用いて作成した薬を併用しながら、治癒の魔法を使って治すのが一般的だ。治療費も高額となる。
「凄い・・・・・・もう傷が塞がった」
ロジャーが感嘆の声を漏らす。
こんな札を貼るだけで治すとは、あまりにも魔法のレベルが違う。
それを見て男が鷹揚に頷き満足そうにしてから、周囲に向かって言い放った。
「麿は吸血鬼以外殺しとうない。死にたくない者は手向かいせぬ事じゃ」
もう一度言う、と念押ししてから男は続けた。
それによるとこの男、月影穂村麿は吸血鬼退治の集団『日輪衆』(にちりんしゅう)のヴァンパイアハンターで、吸血鬼を退治しに来たのだという。
「既に卜占と星読みにより、この地に奴等が潜伏している事は分かっておる。そして麿は鼻が利くのじゃ」
驚いた事に、穂村麿は吸血鬼の存在を臭いで嗅ぎつける事が出来るらしい。
「これから怪しい者を吟味致す。逆らうと怪我をするぞえ?」
穂村麿がクンクンと鼻を鳴らし周囲を嗅ぎまわり始めた。この場に潜伏している吸血鬼を見つけ出そうというのだ。
もはや用心棒も穂村麿を止める事は出来ない。
怪我は先程の札でたちどころに治っていた。それ故にその実力の高さが分かってしまっていた。止めようとしたところでこの男には敵わないだろう。
突然の蛮行ではあったものの、今はこの場の全員が静観するしか無かった。
ケイオスは俯き、震えていた。
「ん~? この辺だと思ったのじゃがなぁ」
穂村麿が近くをしきりに嗅ぎまわるのを、じっと耐えていた。
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