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ドーンオブスレイヤー  作者: チュン
一章:魔獣討伐の旅
53/94

第053話 「月影穂村麿」

「また一匹潰してやったわ。ほぉっほっほっ!」


 顔面白塗りの男が笑っている。

 その異様な態度を見て、殺された男と対面で座っていた女が席を立った。後ずさりしながらうわずった声を上げる。


「あ、あんたイカれてるわ!」

「んん? 麿に言うておるのかえ?」


 男がとぼけた様子で答える。


「この人殺し!」


 女がそう叫ぶと、男がさも心外そうに笑った。


「ほっほっほっ! 馬鹿を申せ。あれが人でなどあるものか」


 笑いながら反論する。その様があまりに堂々としているので、皆が静まりかえってそれを聞いた。


「麿の日輪の剣は吸血鬼を滅する剣ぞ。人に当たっても斬れはせぬ」


 男は周囲を見渡してから更に声を張り上げて言う。


「あれは人に化けた鬼! 吸血鬼でおじゃる! 麿は害虫を一匹潰しただけじゃ。人殺しではない」


 女が驚いたような顔つきになって呟く。


「吸血鬼・・・・・・?! ジョンが、吸血鬼だったって言うの?」

「その通り。お主は騙されておったのよ。血を吸われ、殺される前に助かって良かったのぅ」


 女は腰が抜けた様に膝から崩れ落ちる。まさかつき合っていたのが吸血鬼だったとは、思いもしなかったのだろう。

 

「おう何だ、揉め事か?」 


 騒ぎを聞きつけて、店の奥から巨漢が現れた。

 店の用心棒だ。筋骨隆々の大男が、拳をボキボキと鳴らしながらやって来る。

 給仕娘から事情を聞き、威嚇するように男を睨みつけて言った。


「まさか店内で殺したぁ普通じゃねえな。言葉は通じるか? 出ていけ」


 用心棒は形式的にそう伝えた。もちろんその目つきは、退店に応じなければ即座にお前を攻撃する、という意思を言外に含ませている。

 顔面白塗りの男は表情を歪ませて、さも面倒臭そうにした。


「だから殺しではなく駆除したまでじゃ。話の分からん奴が出てきたのう」

「あぁん? 店内で暴れておいて、文句があるのか」


 用心棒はどんな事情があろうとも、乱暴狼藉を働いた相手は退店させる。言い分など聞かない。

 これは喧嘩になるぞ、と誰もが事の次第を窺っていた。


「まだやる事があるのじゃ。吸血鬼共は居心地の良い場所に、自然と集まる性質があるのでおじゃる。一匹見つけたら、周りにまだ潜んで居る事も・・・・・・」


 男が最後まで言い終わらない内に、用心棒が殴り掛った。


「ゴチャゴチャうるせえ!」


 男は視線を周囲に彷徨わせていた。完全な不意打ちのタイミングである。

 用心棒というのは職業柄、ならず者の話を一々聞いているようでは仕事にならない。先手必勝だ。ごねる相手には拳で分からせる。

 それは剛拳だった。常人の倍ほども太い剛腕から繰り出されるパンチは、これまで幾度も暴漢を一撃で倒してきた実績があった。


「うがッ!」


 ところが、用心棒の拳は届かない。

 突如として男の足元から真っ黒な影が出現し、用心棒の拳より速く腕を振るったのだ。

 動作としては爪で引っ掻くような感じだった。

 ただそれだけで、巨漢の用心棒が押し戻されるように数歩後ずさる。

 胸元から噴水のように激しく出血し、膝をついて崩れ落ちた。彼は傷を押さえ呻いている。おびただしい流血。相当な深手を受けたようだ。


「おや? 麿に手を出さぬ方が良いぞ」


 用心棒が反撃を受けた事に気づいた男が、事も無げに言った。


「麿は式神に護られておる。式神は襲い来る者を勝手に攻撃してしまうでな。怪我をしたくなかったら、大人しくしておる事じゃ。ほっほっほっ!」


 男の足元から真っ黒な影が伸びている。

 衆目の中、人型の影が立ちはだかって周囲を威嚇するように唸り声を上げた。


「グルルル・・・・・・」


 喉を鳴らすような声。

 いや、声ではない。直接頭に響く思念のようなものだ。

 それは生者への凄まじい怨嗟と憎悪で狂っていた。強い殺意が伝わってくる。


「麿は吸血鬼以外の相手は得意とするところではない。じゃが、そこはコレが全て片付けてくれるのでおじゃる」


 男は悪びれずそう説明すると、用心棒の男に近づいて札のようなものを差し出した。


「治癒の符じゃ。傷口に貼るが良い」


 苦しそうにしながら用心棒が見上げる。しばし逡巡した後、それを受け取った。

 治癒の符と言われても、こんな物はここらでは見た事が無い。用心棒が恐る恐る札を傷口につけると、そこに書いてある文字が光を放ち傷を癒した。


「おぉ……!」


 周囲の者達も驚いてどよめきが上がる。

 通常このように流血するような深手は、腕利きの癒し手でも治すのにもっと手間が掛かる。

 包帯を当てるなど止血をして傷口を手当てし、錬金術を用いて作成した薬を併用しながら、治癒の魔法を使って治すのが一般的だ。治療費も高額となる。


「凄い・・・・・・もう傷が塞がった」


 ロジャーが感嘆の声を漏らす。

 こんな札を貼るだけで治すとは、あまりにも魔法のレベルが違う。  

 それを見て男が鷹揚に頷き満足そうにしてから、周囲に向かって言い放った。


「麿は吸血鬼以外殺しとうない。死にたくない者は手向かいせぬ事じゃ」


 もう一度言う、と念押ししてから男は続けた。

 それによるとこの男、月影穂村麿つきかげのほむらまろは吸血鬼退治の集団『日輪衆』(にちりんしゅう)のヴァンパイアハンターで、吸血鬼を退治しに来たのだという。

 

「既に卜占ぼくせんと星読みにより、この地に奴等が潜伏している事は分かっておる。そして麿は鼻が利くのじゃ」


 驚いた事に、穂村麿は吸血鬼の存在を臭いで嗅ぎつける事が出来るらしい。


「これから怪しい者を吟味致す。逆らうと怪我をするぞえ?」


 穂村麿がクンクンと鼻を鳴らし周囲を嗅ぎまわり始めた。この場に潜伏している吸血鬼を見つけ出そうというのだ。

 もはや用心棒も穂村麿を止める事は出来ない。

 怪我は先程の札でたちどころに治っていた。それ故にその実力の高さが分かってしまっていた。止めようとしたところでこの男には敵わないだろう。

 突然の蛮行ではあったものの、今はこの場の全員が静観するしか無かった。

 ケイオスは俯き、震えていた。

 

「ん~? この辺だと思ったのじゃがなぁ」


 穂村麿が近くをしきりに嗅ぎまわるのを、じっと耐えていた。



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