第051話 「天敵」
ロジャーは歩きながら、アーロンに散々文句を言われていた。
「お前ホントに何やってんだよ! 何故縄を解いた? 何であの女とくっついてたんだ?」
「・・・・・・ごめん」
返す言葉も無かった。
「馬鹿をやるのも大概にしろ! この童貞!」
アーロンはすっかり愛想を尽かした様子である。
女に弱過ぎる事を散々言われ、ロジャーは肩を縮こまらせた。
すっかりしょぼくれて帰途につく。すると前方から声を掛けられた。
「美術品を道に散乱させたまま、諸君は何をやっていたんだ?」
ケイオスだった。
そういえばダリアを追っている最中、ケイオスは居なかった。彼は美術品を拾ってくれていたのだ。
「賊を追いかけて捕まえたとして、これを取り返さなかったら何の意味も無いとは思わなかったのか?」
考えてみれば当たり前の事である。
ただあの時は咄嗟に追いかけてしまった。
ロジャーはダリアと再会したい気持ちが強く、アーロンは皿洗いをさせられた恨みを返したかった。二人とも冷静さを欠いていたのだ。
ケイオスは呆れたようにため息をついた。
「まあいい。私は少し疲れてしまったよ。先に宿に戻らせてもらう」
そう言って袋を差し出す。
盗まれた美術品を忘れて放置した落ち度が心にあったので、何故か自然と納得させられてしまった。
(これ、俺が返しに行くのかよ)
クルッとキレの良い踵を返して去って行くケイオスの背中を見ながら、アーロンは苦い顔をした。
またあそこへ戻らねばならない。
□■□■□■□■□■□■□■□■
サイモンの屋敷に戻った二人は、執事に袋を渡してさっさと退散した。
玄関口に出てきた執事に事の次第を説明して、袋を渡すと逃げるようにそこを出てきたのだ。
トマスという執事が私の名に懸けて御当主を宥めますから、とサイモンと会っていくように勧めてきたが断った。
師匠曰く、やたら細かい人物だ。今度会ったらどんな難癖をつけられるか分かったものではない。
やれ落とした美術品に傷がついただの、盗賊と関係があるのではだの、うるさく言ってくるのはすぐ想像がついた。
結局、骨折り損のくたびれ儲け。報酬は無くただ働きをしただけだった。
帰りの道は足取りも重い。
とはいえ明日にはここウェストリコを発ち、スティリア砦を抜けて北方へと向かわねばならないのだ。再び長旅の支度を整える必要がある。
二人は帰りしな商店街を経由し、様々な必需品を買い込んだ。
食料は保存の利く物を多目に。これまでの飢餓状態には懲り懲りだったから、少々買い過ぎてしまった。
大量の荷物を抱えて、宿に戻る。
「まあ、気を取り直して行くか」
不意にアーロンがそう言った。
「・・・・・・うん」
ずっと落ち込んでいたロジャーだが、声を掛けられて少し元気が出たようだ。
「せめて今夜は、目いっぱい美味いものを食おうぜ」
「うん」
気持ちを切り替えて旅の前に精力を付けよう、と二人は帰り道を急いだ。
□■□■□■□■□■□■□■□■
吟遊詩人がリュートをかき鳴らし、人々が談笑し合う喧騒の中。
ロジャー、アーロン、ケイオスの三人は酒場で夕食を取っていた。
ここは一昨日無銭飲食で皿洗いをして帰った店だ。ケイオスは初めてだが、席につくなりこの店は雰囲気が良いと気に入った様子であった。
ロジャーが金貨を先払いで店主に差し出して先日の件を謝罪すると、逆にありがたがって上等な料理のコースを出すと言ってくれた。
これがウェストリコで最後の晩餐となる。
明日の朝一番で北のスティリア砦へと向かうのだ。
そこから先は未開の地。北方の蛮族が跋扈する危険地帯だ。目一杯食べて栄養をつけておかねば、次に十分な滋養が取れる機会はいつになるか分からない。
三人は丸テーブルに所狭しと置かれた料理に、舌鼓を打ちながら会話する。
ここの料理はどれも美味かった
ロジャーとアーロンが肉を取り合うようにしている中、ケイオスが野菜をかき集めていた。
「ケイオス、そんなに野菜食って美味いか?」
「いや、これはグウェインに食わせるのだ」
ケイオスは瓶を取り出してコルクの蓋を開けた。
活動を停止していた使い魔の白い毛玉が、瓶からフワリとテーブルの上に着地する。
「ほら餌だぞグウェイン。食べるが良い」
「ぴぃっ!」
グウェインは元気良く返事をして野菜を食べ始めた。
「あっ、ぴーちゃん。ちょっと見ないと思ってたら、瓶にしまってたんだね」
「グウェインだ。コイツは瓶に入れておけば眠った状態になる。魔力消費を抑えられるのだ」
Pちゃんは料理された野菜をもさもさと食べている。
「よしよし、今回はしっかり食べてるね。ぴーちゃん可愛いなぁ」
「グウェインだ。あの時のはちょっと腐っていたからな」
ロジャーはすっかり目尻を下げ、ケイオスが私の使い魔だぞと釘を刺す。
「んな事やってるとお前等の分の肉、無くなるぞ」
二人が毛玉に夢中になっている内に、アーロンが骨付きの鶏肉を何本か束でつかみ取っていた。
「アーロン、君は少し遠慮したまえよ。さっきから、私の分まで、君が食っているだろ!」
ケイオスがアーロンの手を押さえようとするが、まるで意に介さず鶏肉にかぶりついている。とても鬼の力には敵わない。
「くっ・・・・・・! 止まれこの筋肉ダルマ!」
「ふははは! そんな力で俺が止められるか!」
苛ついたケイオスがつかみ掛かる。しかし無駄だ。全然相手になっていない。
その隙を突いてロジャーが肉を取った。
「おい! ほらロジャーだって食ってるぞ!」
そんな小競り合いをしていて三人は気づかなかった。
酒場の入り口に異様な風体の男が現れた事に。
「おぉ~っほっほっほっ!」
奇声を上げて笑う男は、顔を何かで真っ白に塗っていた。化粧の類である事は分かる。だがこの国では見た事の無い容貌だった。
珍妙ないでたちはその男の国で狩衣と呼ばれる衣装で、袴をはいて立烏帽子を被っていた。
いずれもこの国では見た事も無い服装であり、男が異国から来た事を如実に表している。
男は周囲を見渡してクンクンと鼻を嗅ぎ回った。
「臭い! 臭いでおじゃる! ここに居るようじゃな! ほっほっ!」
男が歩き出す。ロジャー達のテーブルに向って。
三人はまだゴチャゴチャと言い争っていたので、大分近くなってから奇妙な男に気が付いた。
「ハハハ! 最後の肉は俺がもらった! ・・・・・・んん?」
アーロンが振り向く。釣られてロジャーとケイオスもそちらを見た。
ガタッ!
その男の顔を見たケイオスが少し腰を浮かせた。
(この男・・・・・・!)
慌てた様に顔を背ける。視線を合わせないようにしたのだ。
ただならぬ様子にロジャーとアーロンは彼の顔色を窺った。ケイオスは眉間に皺を寄せ、総毛立って呼吸を荒くしている。
何か相当まずいものでも食べたような顔をしていた。




