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ドーンオブスレイヤー  作者: チュン
一章:魔獣討伐の旅
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第050話 「悪い女」

 石の塀を崩した後、人が来る前にアーロンは気絶したダリアを肩に担いで移動した。

 元来た方へと戻っていく内に、音を聞きつけてきたロジャーと合流する。

 とりあえず人目につかない裏路地に入り込み、そこで担いだダリアを下ろした。

 アーロンは狩猟用に荒縄を持っていた。後ろ手に縛り、そこから首に回し首輪のようにして固定する。縄の先端を持って、引いて移動出来るようにした。


「さてと。どうするか。このまま衛兵に突き出すのがいいか」

「・・・・・・うん」


 ロジャーは気絶しているダリアの顔を見つめている。


「未練がましいな。女は他にも居る。コイツはやめとけ」

「そんなんじゃ・・・・・・」


 しばらく何か言いたげに逡巡するも、ロジャーは黙り込んだ。

 アーロンがダリアの頬を叩いて彼女を起こす。


「ううっ!」

「よし、起きたな。今からお前を衛兵に突き出す。言う事を聞けば良し。聞かなきゃ痛い目を見るぜ」


 ダリアはしばらく呆然としていたが、やがて観念したのか頷いた。

 アーロンが彼女を立たせ、縄を持って引っ張る。歩けと促すと恨めしげな表情で歩き出した。

 三人は裏路地を進む。

 衛兵の詰め所は大通りのそこかしこにあったのを覚えていたので、そこを目指した。

 ところが、少し歩き出したところでダリアが叫んだ。 


「助けてー! 人さらいー!」


 叫びながら激しく身を捩り、隙あらば逃げ出そうとする。

 だが頑丈な狩猟用の縄を、半人半鬼のアーロンが握っているのだ。とてもその程度の事では脱出不可能だった。


「静かにしろ」


 咄嗟にアーロンが殴りつける。鳩尾に入ったのか、ダリアは悶絶して静かになっ

た。


「アーロン! なんて事を!」


 こんな華奢な女の子を鬼の力で殴ったら、死んでしまうかも知れない。ロジャーはアーロンに食ってかかった。


「手加減はしたさ。大丈夫だ」

「それでもやり過ぎだよ!」


 ロジャーが本気で怒っている。アーロンは少し怯んだ。


「だけどよ、あんなに叫ばれちゃ仕方無いだろ?」

「今からこんな調子で、このまま街中を縄で引っ張って移動出来ると思う? 次もまた何かあったら殴るの?」


 ロジャーはアーロンの目を真っ直ぐに見据えた。

 静かだが怒りを含んだ声音。普段大人しい少年が、こんなに激昂するのは稀だった。


「周りの人が女の子を殴っている男を見たら、どう思うか考えてみて。手加減してるなんて言い訳は通用しないよ。それはもう暴漢だ」


 その通りである。

 今は人気が無かったから良かったが、誰かに目撃されていればまずかった。

 美少女を縄で拘束しているだけでも不穏な光景だ。しかも助けてと叫んでいるところを殴りつけて黙らせるなど、その所業は完全に悪人である。

 こんな路地裏で暴漢が美少女を痛めつけていたら、勇者が颯爽と現れて成敗されても暴漢には文句が言えない。


「・・・・・・悪ぃ。やり過ぎた」


 気圧されたアーロンは謝った。確かに罪悪感が無かった訳ではない。ただ咄嗟の事だったのだ。言い返したい気持ちで表情が険しくなった。

 そんな様子を、ダリアが盗み見ていた。


「おい、もう叫んだりするなよ。俺だって女に乱暴はしたくないんだ」


 そう言ってアーロンが縄を引く。首に巻き付けられた縄にガクンと上体を揺さぶ

られ、ダリアは無言で歩き出した。

 獲物を狙う猛禽のような目つきに、二人は気づかない。


(つけ入る隙があるとしたらここだな)


 彼女は密かに心の中で察しをつけていた。

 それから少し歩き、裏路地を抜けて少し人通りのある場所に差し掛かる。

 まだ大通り程の賑わいは無い。商店のある区画ではなく、ここらは閑静な住宅地のようだった。


「うっ、ぐすっ、ヒック」


 出し抜けにダリアが泣き出したので二人がギョッとした。

  

「お、おい泣くな」


 アーロンが声を掛けるが彼女は泣き止まない。

 これには参ってしまった。縄を打って引かれる少女が泣いている姿は、傍目の悪い事この上無い。

 まるで人買いが嫌がる少女を無理矢理連れ回している図だ。周囲から見て八割がたアーロン達が悪人に見える事だろう。

 

「なあ、これどうすりゃ良いんだよ? 殴ったら駄目なんだろ? お前、何とかしてくれよ」


 狼狽えたアーロンは、自分が持っていた縄をロジャーに差し出した。

 ロジャーはそれを受け取ったものの、どうしようかと逡巡する。困惑して持て余すばかりである。


「ロジャー、俺が衛兵を呼んでくる。お前ここで待っててくれ」


 アーロンは先程の負い目があるのか、自分が少女の傍に居るのを避けた。あまり泣かれると、どうして良いか分からなかったのだ。

 走って行くアーロンの後ろ姿を見やりながら、ロジャーはため息をついた。

 自分がしっかりしなければならない。覚悟するように縄の束を強く握った。


(大丈夫・・・・・・大丈夫だ)


 ダリアは地面にしゃがみ込み、顔を伏せて泣いている。少しの間待っていれば、アーロンが衛兵を連れてくるだろう。 

 ロジャーは落ち着かない気持ちだったが、待つより他はない。

 アーロンが十分に遠く離れ、通りの角を曲がり視界から消えた。


「ねえ、見逃してくれない?」


 耳元で囁かれ、ロジャーはビクッとして振り返った。

 吐息のかかるようなすぐ近くに美少女の顔がある。

 さっきまで泣いていたダリアが背伸びする姿勢で立ち上がり、驚くロジャーに身体を預けるようにすり寄っていた。


(嘘泣きか・・・・・・!)

 

 だとしたら油断ならない。泣いている姿を、本当に哀れに思った程なのだ。

 ロジャーの心に警鐘が鳴り響いた。


「この縄解いてくれたら、何でもするから。ねぇ、お願い!」


 ダリアが切ない顔で懇願してくる。

 流石にロジャーとて馬鹿ではない。そんなの嘘に決まっている。さっきまで自分は騙されていたのだ。続けて騙そうなんて虫が良過ぎる。

 そうは思うのだが。

 吸い込まれそうな美しい瞳が、ロジャーを至近距離で見つめている。ロジャーは息を呑んだ。


(なんて可愛いんだ)


 つい、合わせてしまった目を外す事が出来なくなった。

 くっきりとした二重がロジャーを見つめている。黒く大きな瞳だ。長い睫毛は綺麗に伸びていて艶がある。

 こんなに可愛い娘は中々居ない。今までリーナさんより美しい娘なんて存在しないんじゃないか、とロジャーは勝手に思っていた。だがそれは違った。

 リーナはタレ目系だったがこの娘は釣り目系で、方向性が違う美人である。整った形の顔は美術品の如き美しさであるものの、その目は獲物を狙う野性的な強さを秘めていた。


「ねえ、お願い」


 ダリアが身体を密着させてロジャーの顔を見上げ、上目遣いで懇願する。

 彼女と初めて遭遇した、あの酒場の夜を思い出す。

 

(ああ。僕はやっぱりこの娘が好きだ。困ったぞ)


 今まさにロジャーはハートを射抜かれた。


「ねえ、何でもするから。何でも」

「嘘だ・・・・・・いや、そうじゃなくて、だ、駄目だよ」


 弱々しく抵抗するが、もはや心臓を鷲掴みにされている。その爪牙は深く突き刺さり、ロジャーは陥落寸前だ。


「じゃあキスしてあげる。これは本当。解いてくれたらすぐ」

「キ、キス?」


 それ自体知らない訳ではない。だがまさかの提案に、ロジャーは我が耳を疑った。それが本当なら、この人生でファーストキスとなる大事件である。


「何よ、ちゅーも知らないの? 口づけ、接吻の事よ」

「く、くちづけ・・・・・・!」


 複数の言い回しで説明されると脳がおかしくなってしまい、心臓が激しく脈打つのを感じた。


「思いっきりしてあげる。今すぐに。だから早くこれ解いて!」


 ロジャーはほとんど衝動的に縄の結び目に手を掛けた。

 馬鹿な事をしているという自覚はあった。しかしもう止まれなかった。

 また彼女お得意の嘘かも知れない。だが完全に嘘だと確定していない限り、今度は本当かも知れないではないか。

 美少女のキス。それはあまりにも魅惑的過ぎた。とても思い止まれるものではない。


(というか、今ここで決断しなかったら一生後悔するような気がする!)


 やらなくて後悔するよりもやって後悔する方が良い、とロジャーは考えた。

 

「くっ!」


 アーロンが縛った結び目は固く、中々解けない。まるでロジャーの愚行を止めようとするかのようだった。


「早く! 急いで!」

「ううっ! ぬあああ~!」


 ロジャーは腕印かいないんに魔力を込めた。ついに本気を出したのだ。腕の呪印が光り輝き、服の上から光が漏れ出す。

 仙術流派発勁初級技、仙人力。込める魔力次第で、本来の二~三倍に力を増幅させる技である。

 平素鍛えていたロジャーの筋力は中々に強い。

 以前、飢餓状態の時に筋肉が減ってしまってはいるが、並の大人より力がある。それが仙人力により、更なる怪力となって縄の結び目に掛かった。

 固く縛られた結び目が僅かに解けていく。あまりの力に自身の指が血の気を失って痛んだが、構わずロジャーは力を入れた。

 縄がミリミリと音を立てる。やがてついに、戒めが解かれてしまった。


「あっ!」


 自由を得たダリアが、ロジャーに勢いよく抱き着いてきた。


「んんっ!?」


 急な事にロジャーが目を見開く。

 約束は成されたのだ。

 長く、深いそれはロジャーの想像したものよりも激しく、彼を強い酩酊と酸欠に誘った。

 あまりにも衝撃的な体験に四肢の力は抜け、膝から崩れ落ち、仰向けに仰け反っていった。尚も情熱的にぐいぐいとダリアが迫る。

 ロジャーは酸欠になり、半ば意識を手放しかけた。 

 そんな時に、アーロンが衛兵を連れてやって来た。


「あっ! お前、何やってんだ!?」


 アーロンは我が目を疑った。

 それはそうだろう。確かに縛ったはずの女が、ロジャーを倒し覆い被さっていたのだから。

 こちらに背を向けた状態だったので、アーロンから見て一体何がどうなっているのか一瞬理解出来なかった。

 アーロンの声でダリアは慌てて振り返り、脱兎の如く逃げ出す。

 後には、仰向けに仰け反って倒れたロジャーが残されていた。



 仙術流派発勁初級技『仙人力』

 腕の呪印に魔力を流し、腕力を通常の2~3倍に高める技。

 慣れぬ内、あまり強い力は腕の強度を超えてしまう為に危険である。使用者は肉離れや骨折に注意しなければならない。

 技の性質上、瞬発的な使い方には向かない。戦闘に使えば自らの身体を壊してしまう危険性がある。

 硬気功と似た魔力の流れをしており、熟練して併用出来るようになれば安全性が増し使い易い技となる。要腕印。

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