第049話 「ダリア」
やっと病院通いのラッシュが終わりました。休んでいた分連続で投稿します。
気まずい沈黙が少しの間流れる。
とにかく何か言わなきゃ、そう考えてロジャーは言葉を捻り出した。
「ともかくえーと。盗みは良くないよ」
「そんなの分かってる」
娘は即答する。
そして隙を窺うような眼差しを向けてきた。
その目すら美しい。ロジャーはそう感じていた。
「いや、そんな事が言いたい訳じゃなくて……二度と会えないと思ってた。これは凄い幸運だよ」
「だろうね。カネをスッた相手に出くわすなんて最悪。ツイてねー。チッ」
娘が一瞬背後へ目をやった。隙あらば逃走しようとしているようだ。
それがロジャーに焦燥感を与えた。折角会えたのに、逃げて欲しくない。
「違うんだ。そうじゃなくて、お金の事はいいんだ」
いいはずは無かったが、なりふり構っていられなかった。
「じゃあ何なんだよ? お前は正義の味方か? アタシを衛兵に突き出せば満足すんのかよ。ハッ! そういうのが一番ムカつくんだよ!」
娘が牙を剥く。
ロジャーはそんな彼女を歯がゆく思った。
違うんだ、今僕が言いたい事はそんな事じゃないんだ、と。
「違う! 違うんだ! 落ち着いて」
「・・・・・・フン!」
娘は剣呑な表情でロジャーを睨んでいる。
どうしたらいいんだろう? ロジャーは悩んだ。一瞬の内にグルグルと思考が高速回転した。
そして口を突いて出た台詞は、自分でもどうかと思うようなものだった。
「僕は・・・・・・僕は君が好きだ! つき合って欲しい!」
「はぁ?! 何言ってんだお前?!」
娘が呆れた声を上げた。
そこへアーロンが息を切らせながらやっと追い付いてきた。
「ロジャー! 捕まえたか! そいつ何て言ってる?」
興奮気味に問いかけてくる。
その声にロジャーはハッと我に返った。
そう、彼女は盗賊で自分達は追っ手という立場なのだ。少なくとも告白をしている場合ではない。
「あ、あー。君は何て名前なの?」
ロジャーは慌てて取り繕ってそう質問した。
「・・・・・・ダリア」
片方の足を立てた胡坐のような姿勢で、娘は短く名を答える。擦りむいた膝から砂利を取り除いていた。
図らずも短目のズボンから伸びる足が美しく、ロジャーはつい目を奪われる。
「ダリアか。良い名前だね」
それが本物の名前である保証は無いが、ロジャーはすっかり信じてそう返した。
もう何だか盗賊を取り押さえている雰囲気ではない。
そんな様子を見てアーロンが訝し気に言う。
「ロジャー、こいつは盗人だぞ?」
完全にロジャーがおかしな雰囲気だとアーロンは感づいたのだ。どうもロジャーは女に弱い。流石に鈍いアーロンでもそう思う。
「ねえ、マジでアタシが好きなのか?」
「う、うん」
「手、貸してくれる?」
ロジャーが手を差し出す。アーロンは何をやっているんだ、と顔を顰めてそれを見ていた。
ダリアがロジャーの手を取って立ち上がる。と、そこで少しよろめいてロジャーにしなだれかかった。
「うわっ、と!」
ロジャーは慌てて抱き留めた。
動作だけ見ていれば、まるで恋人同士のような有様だった。
「おいロジャー、いい加減にしろ! そいつは盗人なんだぞ!」
堪らずアーロンが横槍を入れる。油断し過ぎはまずい。
だがロジャーは、腕に抱き着かれて顔を赤くしている。すっかり骨抜きだ。
そうこうしている内、おもむろにダリアが耳元に口を寄せた。息をフッと吹きかけられ、ロジャーが怯む。
「うぐっ!」
その瞬間である。ロジャーが股間を押さえてうずくまった。急所を膝で打たれたのだ。そのまま崩れ落ちていく。
「おい! 大丈夫か!」
アーロンがロジャーを助け起こすが、その隙を突いてダリアが逃げ出した。
「チッ! 言わんこっちゃない!」
ほら見ろこれだ。アーロンは思った。ロジャーはあまりにも女に弱過ぎる。
とにかく追わなければならない。巨体を揺らしてアーロンは後を追った。
「待て! 盗人!」
彼が地面を蹴る度にドッ! ドッ! ドッ! と軽い地響きが立つ。
決して彼の走る速度が遅いという訳ではない。だがダリアは身軽だ。すぐに距離が開いていってしまう。
「クッ! 足が速いな!」
このままでは逃げられてしまいそうだった。
ところが狭い民家の路地に入り追い続けていると、運良く行く手が袋小路になっていた。周囲は建物と石で出来た塀が囲んでおり、どこにも逃げ場は無い。
「追い詰めたぞ! 観念しろ!」
アーロンは勝ったとばかりに叫んだ。
だがとうとう追い詰めたと思ったのもつかの間、ダリアは狭い路地の壁を蹴って三角飛びで塀の上によじ登った。
相当な軽業だ。まるで猫を彷彿とさせる。
塀はアーロンの身長より高く、手を掛ける場所が無い。これを登るのは無理だろう。
「この! 降りて来いコソ泥!」
「ヘッ! ばぁ~か! 降りろと言われて誰が降りるかよ!」
アーロンは苛立って怒号を上げるが、ダリアはさも愉快そうにそう返した。
挑発するその様は、美しい外見とかけ離れた野蛮な態度だ。これが本性なのだろう。小柄で華奢な身体であるのに、屈強な男相手に僅かな恐れも抱いていない。
「おいデカブツ! お前みたいなウスノロじゃ、ここへは上がれねーだろ。尻尾を巻いてさっさと帰りな!」
ダリアは身軽さを勝ち誇って相手を罵った。
「フン! 腹の立つ小娘だ!」
アーロンが唸る。
「アッハッハ! そこで犬みたいに唸ってな! お似合いだよ!」
「上等だ! そこを動くな!」
アーロンは背中の大剣を下ろした。
鞘を横へ放り投げるように抜き放ち、大剣を振りかぶって大きく息を吸い込んだ。
その時何故かダリアはヤバいと思った。全身が総毛立つ感覚がしたのだ。
大剣の切っ先は僅かに届く間合いではあったが、斬られると思ったのではない。構え方からしてそういう感じではなかった。
それでもダリアは、得体の知れない戦慄のようなものを感じていた。
「ハァァァァ・・・・・・!!」
鬼が剣気を迸らせて深く吸った息を吐く。大気が震えかのようだった。
「フンッッ!!」
思い切り振りかぶった大剣を、横なぎに石の塀へ叩きつけるアーロン。
まさに渾身の一撃であった。石の塀は爆散するように飛礫を撒き散らして粉砕された。
尋常な力ではない。鬼の怪力が鉄板のような大剣に乗った結果、岩をも断ち切る威力の斬撃と化したのである。人の手が積み上げて作った石の塀など、ひとたまりも無い。
そして上に乗っていたダリアが落下した。
「ふぎゃっ!」
塀が吹き飛んで崩れ落ち、彼女は尻をしたたかに打った。
その衝撃で目の前が真っ暗になり、気を失った。
「鬼神一刀流、斬岩剣・・・・・・とでも名付けるか、これは」
アーロンは鞘を拾って大剣を納刀し、背に戻した。
鬼神一刀流奥義?『斬岩剣』
鬼の気を身体に巡らせて、途方も無い力を溜めて叩き斬る。はっきり言って技ではなく、力である。




