第047話 「優秀なタンク」
(ケイオス視点)
死神を封じた後、件の絵画であろう物を発見した。
どこかの暗い屋内を描いた不気味な風景画だ。
魔導書ネクロギアを手にしていた為、絵画から霊力の残滓を感じ取れた。
どうやらそこから死神が抜け出して、我々に襲い掛かって来たのだろう。絵に不自然な空白があった。
「こんなものか。少し拍子抜けだが、絵画の悪霊退治はこれで終わりだな」
「おぉ? その絵は、ぶっ壊さなくて良いのか?」
私が言うと脳筋がしきりに絵画を破壊したがったが、もう霊圧は感じない。これは証拠品としてサイモン氏に提出した方が良いだろう。
「ねえ、終わったなら早く出ようよ」
無能はまだ塩のお守りを不安そうに両手で抱えている。
「いや待て、まだだ。この場所を浄化しよう」
私は二人にもっともらしく述べた。
「未だここには数多くの霊体がひしめいている。そこでこれから鎮魂の儀式を行う。彷徨う霊をあの世へ導くのだ」
もちろん嘘だ。
「それは良い事だね。じゃあそうしよう」
「ふーん。まぁよく分からんが手短に済ませようぜ」
無能はすぐに信じて賛成した。脳筋は訳が分からない様子だからまあ良いだろう。
「では周囲の物を少々どけてくれ給え。床に魔法陣を描くからな」
私は愚鈍な二名を使役し、床に空き地を作らせた。
ポケットから石灰岩の破片を取り出して魔法陣を描く。少々時間が掛かったので二人が変な行動をしないか心配だったが、大丈夫だった。
後は蝋燭の火を灯すだけだ。魔法陣の各所に蝋燭を立てて、と。
「よし、いいぞ。二人共魔法陣の中へ入り給え」
いい加減待ちくたびれた様子の二名を、魔法陣の中へ誘導した。
私は呪文を唱え始める。
「魔導書ネクロギアよ。ケイオス・アインドルフ・ルノーゼスファウンゼン・フォン・ジュノーシュタット・リヒテンハイドの名の元に命ずる───」
唱える呪文が同じなのは、先程と同じ術式展開だからだ。
そう。これは鎮魂の儀式などではない。
封印魔法だ。魔導書ネクロギアに、この場の霊体を全て取り込ませる。
クククク! 全部私の力にしてやろう!
そう笑みをこぼしながら半ばまで詠唱した時だった。
「あっ!」
脳筋の声がしたので振り向くと、奴は蝋燭を倒していた。
「ちょっ! 何をしている!」
「すまんすまん!」
「いいから早く蝋燭を起こせ!」
バカめ。火事になったらどうするつもりだ。
というか何故動いた? 余計な行動を起こさなければ、そうならないはずだろうが。
「いやー、悪ぃな。続けてくれ」
頭を掻きながら、悪びれず先を促す脳筋。
「うわーッ! アーロン!」
無能が叫んだ。
あーあ、馬鹿め。大量の霊体に覆われてるじゃないか。身体中に憑り付かれているぞ。
フン、霊どもめ。封ぜられては敵わんと反撃してきたか。
だがネクロギアを持つ私と、塩のお守りを持つ無能には手を出せなかったのだ。
先程まで魔法陣が機能していたから、脳筋にも手が出せなかったんだろう。
それを崩したせいで、あっという間に脳筋だけが霊まみれになったようだな。
「どうした? 何かあったか?」
脳筋はあれ程大量の霊体に憑り付かれて尚、全く気が付いていない。
・・・・・・もういい。お前がバカみたいに霊的耐久力がある事はよく分かった。
どうやら脳筋は霊能力ゼロだが、異常に霊的耐久力があるのだろう。だから死神が首を取ろうとしても刃が通らなかったのだ。
鬼というのはとてつもなくタフだと判った。肉体は元より霊体までも筋肉というワケか。
「あ、あ、ああああ!」
無能が恐慌状態に陥った。
あまりにも脳筋が大量の霊体に絡み憑かれていたからだ。大勢の手が複雑に組み合わさり、身体中をつかんでいる様子はかなりグロテスクに見える。
その状態で脳筋が無能に詰め寄るものだから、無能はガタガタ震えていた。
「何だよロジャー? 俺の顔に何か付いてるか?」
ああ。顔どころか身体中に憑いているよ。吐き気がするくらいにな。
「いやあああ!」
ついに無能が震えて皿を取り落とした。
グアッ! と脳筋に憑り付いていた霊の群れから腕が伸びる。
「ひぃぃぃ!」
「ロジャー君! 気をしっかり持ち給え!」
無能が逃げる間も無く大量に伸びた腕に取り込まれてしまった。
これはまずい。霊的耐久力が無い者には命に係わる事態だ。
「クッ! 呪文を唱えている暇は無いな!」
やりたくなかったが私は魔導書ネクロギアを構えた。
それで無能をつかんでいる大量の霊体を殴った。霊体に実体は無いので、正確には払うような感じである。
大事な魔導書で物理攻撃はしたくないものだ。間違ってどこか物体にぶつければ、確実に本が傷むからな。
何度もネクロギアを振り回していると少しずつ霊体の腕が叩き祓われていき、ついに諦めたようで無能を手放した。
無能は床に倒れ伏して泣き、嗚咽している。
「何やってんだケイオス? ふざけてんのか?」
ふざけているのはお前だ脳筋!
コイツ・・・・・・見えていないとはいえ、キョトンとしていて腹が立つ!
私が必死で魔導書を振り回す様は、さぞかし滑稽だったろうな。
ん、ちょっと待てよ・・・・・・そこで私は閃いた。
「・・・・・・アーロン。ちょっと離れて部屋の隅に立っててくれ」
考えてみればこうすれば良かったのだ。
脳筋は訳が分からないまま、言われた通り部屋の隅に移動する。
この場の全ての霊体が殺到する中、脳筋は何の痛痒も感じていない様子だ。
「よーしアーロン。そのまま霊達を引きつけていろ」
私は呪文を唱え直した。
初めからこうすれば。囮さえあれば良かったのだ。
多くの場合、このような事をすればその者は犠牲者になってしまうのだが。
アホのように耐久力のある脳筋なら平気だ。
「あー、肩凝りが治っていくぜ」
封印の術は効果を現し、脳筋に憑り付いた全ての悪霊達がゾルゾルと魔導書ネクロギアに吸い込まれていく。
それはもう霊体のダマというか塊のようになっていた脳筋だったが、見ていて気持ちが良いくらい全てが引き剥がされ吸いこまれていった。
「・・・・・・よし。静かになったな」
周囲から霊圧が消えた。空気が静寂を取り戻したのが分かる。全てが終わったのだ。
「敵のヘイトを一身に集める、という点だけは優秀な剣士だな君は」
私は皮肉を込めて脳筋に言った。
「ん? そうか? へへッ。まあな!」
何も分かっていない脳筋が、笑って鼻を擦るのだった。




