第044話 「幽霊屋敷」
ロジャー達は貴族の館の、サイモンという主の部屋に通されていた。
サイモンは病床に伏せており、大きなベッドの上で枕を背もたれに半身を起こした姿勢でロジャー達を迎える。
傍らに、ここへ案内してくれた老齢の執事が寄り添う。
「御当主、サイモン・アーチドロワ・ゴルドローテ・デ・スティリア・ウェストリコ様にございます」
少し太った丸顔の男で、黒髭を口元から下顎全体に伸ばしている。パッと見てむさ苦しいのは、油の浮いた手入れのされていない髪のせいだろう。
サイモンはウェストリコ領主貴族の血筋だが、四人兄弟の末に当たる身分の男だ。
上の兄と姉二人がウェストリコ城で暮らしているが、サイモンは城外にこの様な別邸を与えられて住んでいる。
名前こそ長ったらしく大層なものであったが、実質的にはただの放蕩貴族であった。
「お初にお目に掛かります」
ロジャー達が名を名乗ると、サイモンは取り乱したように叫んだ。
「ア、アイザック氏はどうしたのだ? 来たのはお前達だけか? ウウッ、ゴホッ!」
「御当主様、落ち着いて下さいませ」
咳き込むサイモンを執事が介助する。何やら薬湯を飲ませるとサイモンは少し落ち着いた。
「僕達はアイザックの弟子です。師匠から今回の件を解決するよう仰せつかりました。未だ修行中の身ですが、各々がそれなりの修練を積んだ魔物狩りです。ご安心下さい」
ロジャーはそう伝えたが、サイモンは失望の色を露わにする。
「ア、アイザック氏は来てくれないのか・・・・・・事の重大さが分かっていないのか」
「いえ、それは」
「この私が死ぬかも知れんのだぞ! ゴホッゴホゴホッ!」
激昂すると咳き込んでしまうようで、執事が慌てて背中をさすった。
「ハァ、ハァ、私が死んだらどう責任を取るというのだ! お前等のような小僧共に何が出来る! アイザック氏を呼んで来い!今すぐにだ!」
横柄な物言いだった。完全にこちらを蔑んでいる。
ロジャー達は、このように失礼な扱いは今まであまり受けた事が無かった。
特にアーロンは眉をしかめ、苛ついた様子で返答した。
「チッ! 別に俺達ゃあ、この依頼を受けなくても良いんだぜ!」
「アーロン!」
ロジャーは咄嗟にアーロンを窘める。
すると執事がサイモンの肩に手を置いて説得した。
「御当主様、頼りない若輩者共といえど、今は他に頼るものがありませぬ。ここはどうか、お怒りをお静め下さい」
「ぐぬぅ・・・・・・仕方が無い。お前等でも良いから、何とかしてくれ」
「ひとまずお掛け下さい。そこの椅子を使って下さいませ」
執事がロジャー達に椅子を指し示した。見れば高価そうな装飾の施された椅子が、壁際に並んでいる。
失礼ながら、と執事はロジャー達にそれらをベッドの傍まで移動するように促した。
座って話を聞く。
「詳しい事は依頼書に書いた通りだ。毎夜、死霊達が館を徘徊している」
サイモンが説明を始めた。
この館は夜になると死霊が跳梁跋扈し、使用人達の数名がとり殺されたという。
現在はほぼ全員が出て行って、この執事だけが傍に残ったのだそうだ。
昔手に入れたお守りがあるこの寝室だけは安全が保たれているものの、それもいつまで持つか分からない状態。
最近の夢は必ず悪夢であり、死霊達がサイモンの命を狙って隙を窺っているのだとか。
彼は精神的に参ってしまい、不眠症を患うと共に風邪のような病気にかかった。日に日に体力が衰え、焦燥感が彼を狂わせているのが見て取れた。
長い話であった。
既にアーロンは目を瞑って船を漕いでいた。何度も声を掛けたが駄目なので、もう彼は放っておかれて話は進んでいる。
「ともかく、死霊共を退治出来る力が必要なのだ。奴等には物理的な攻撃が効かない。唯一、火は有効だ。光が奴等を遠ざける。だが燭台程度の火では弱い」
色々試してはみたという。廊下一面に蝋燭の火をつけたが、風が吹きつけて消されてしまうそうだ。
風でやられるならと防風ランプを大量に買い込んで設置もしたが、今度は床に叩き落されていた。
朝になってランプが見つかった。火が消えていたから良かったものの、床の絨毯が燃えれば火事になるところであったという。
「サイモン卿。お話は充分に伺った。あとはこの私、ケイオスにお任せあれ。必ずや問題を解決して御覧に入れよう」
それまで黙っていたケイオスが自信たっぷりに言い放った。
「これは頼もしい。お前は魔法使いか?」
「その通り。我が秘術ならば死霊を片付ける事は容易い」
「おお……! 頼むぞ!」
サイモンは救いが来たとばかりに、涙を流して大層喜んだ。
怪訝そうな顔をするロジャー。内心大丈夫なのかと疑問に思っていた。
(ケイオスは戦闘用の魔法なんて使えないはずじゃなかったっけ?)
そんな彼の不安をよそに、ケイオスはサイモンと打ち解けたようだった。
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朝からこの館を訪れた為、未だ太陽は一番高く登る前であった。
ロジャー達は怪しげな絵画を飾ってあるという二階の部屋へと向かうべく、サイモンの部屋を出て歩き始める。
死霊が出るのは決まって夜間だというから、陽の光がある昼間の内に問題の絵画を処分してしまおうという訳だ。
絵画を処分する事については、既にサイモンから了承を取ってある。
というか今まで絵画を何度も捨てたそうなのだが、捨てても元の場所に戻って来るのだそうだ。破くなどして破損させてもいつの間にか直っている、と彼は気味悪がっていた。
呪いか何かの類であろう、とケイオス。このような事は呪われた物品によくある現象だと彼は言った。
「鬼が出ようが悪魔が出ようが、俺が叩き斬ってやるぜ。前衛は任せろ」
一階から大階段を上る際にアーロンが息巻いた。
「フッ。それは助かるな。じゃあ頼りにしているよ」
ケイオスは失笑しながら応える。するとアーロンは得意気になった。
「ケイオス、お前細すぎんだよ。もう少し体を鍛えた方が良いぞ」
「君はもう少し頭を鍛えた方が良いと私は思うがね。サイモンの話をちゃんと聞いていたのか?」
「いや、寝てた」
霊体に物理攻撃は効かない。恐らくアーロンは役に立たないだろうとロジャーは思った。
そんな思いをよそに、当の本人は訳が分からない様子。彼にとって敵は剣で斬って倒せるものだという認識であり、それが常に正しいと思っているのだろう。
「ここが、絵画の置かれている部屋か」
二階の部屋の前まで来た。
特に何かが出る訳でも無く、アーロンは拍子抜けしたようだ。
「何だよ、何も出なかったな」
「無事で何より。では、ここからは私の領分だな」
ケイオスがアーロンを押しのけて前に出て、ドアノブに手を掛ける。
ガチャリとドアを開けると、ドアはギィィ・・・・・・と不気味な音を立てた。
三人は部屋へと入っていく。
少し広めの部屋は貴族の収集品が多数飾られていた。この中に元凶となった絵画があるのだろう。
ゴンッ!
出し抜けに大きな音が響いたので振り返る。
アーロンが部屋に入った際、傍にあった彫像に当たった音だった。
「痛ェッ! 何だよこれ!」
アーロンは彫像を叩いた。するとそれが勢いよく横に飛んだ。
ガッ! という音を立て、床に落下した彫像はバラバラになった。木っ端微塵だ。
彫像を乗せてあった台座だけがその場に残る。
「・・・・・・」
しばらく気まずい空気が流れた。
「いやー、入ってすぐの所にあるなんてな。陰になって見えなかったぜ」
確かにそれはドアを入ってすぐの所に飾られていた。部屋の中が暗かった為、確かに視認し辛かった。
だが普通の体格であれば、そこに当たるような置き方ではなかったはずだ。
「霊の住処を荒らすな。呪われても知らんぞ」
ケイオスは苛立ちながらも静かに忠告する。
「大丈夫かなコレ・・・・・・高価な像だったんじゃ」
ロジャーは冷や汗をかいた。
「スマン。つい手を出したら飛んじまった」
美術品の価値など考えた事も無いアーロンは、ヘラヘラしながら謝る。
この部屋にある物は高価な美術品ばかりである。サイモンが見たら卒倒するだろう。




