第043話 「人造生命体」
ロジャーがナンパに失敗した翌日の朝。
ケイオスの部屋に三人は集まっていた。
「これが人造生命体?」
ロジャーがガラス瓶の中身を見て訊ねる。
「そうとも。我が研究がついに完成したのだ」
ケイオスはこれを、シェナビアに居た時からずっと研究していたらしい。
瓶の中には真っ白な毛玉のような物が入っていた。ロジャーにはそれがどう見ても生物のようには見えなかった。
「あー、これを見せたくて俺達を呼んだのか?」
アーロンの問いにケイオスはそうだと答える。
「今日は仕事を受けに行く日だろ。お前ちゃんと寝たのかよ? ケイオス」
アーロンが少し苛立った声を上げた。
それもそのはず、この日は貴族からの依頼をこなしに行かねばならないのだ。
ケイオスが自信あり気にそれを受けたのだから、彼にはしっかりしてもらわねば困る。言外にそんなニュアンスが篭められていた。
だが見た感じケイオスは、丁度徹夜した者が朝を迎えた感じであった。
「大丈夫だ。フィーバーポーションには不眠と活力の薬効がある」
彼は既に服用しているようだった。ロジャーがウンザリした顔をする。
「そんな事よりこの人造生命体の能力を見ようじゃないか」
ケイオスが瓶の蓋に手を掛ける。コルク製のそれはポンと小気味良い音を立てて外れた。
すると中にあった白い毛玉がフワリと宙を舞う。それは緩やかに下降して、傍らの机の上に着地した。
モゾモゾと毛玉が動く。振り向くような感じだ。もっとも、どこが背でどこが腹なのか全く分からない球状の毛玉である。
その真っ白な毛の中に、つぶらな黒目が二つ付いているのが見えた。
「ぴぃ~~~~~!」
鳴いた。鳥のようだがそれとは違う、長い鳴き声だ。
「か、可愛い・・・・・・!!」
ロジャーは思わず両手でそれを抱えた。フワフワの毛はとても触り心地が良い。
親指で腹の辺り? をまさぐると、目を閉じて気持ち良さそうにぴっぴっと小さく鳴く。自然と声が漏れているような感じだ。
ロジャーのマッサージが心地良いのか、毛玉は腹? を見せて転がっている。
「うわぁ~~。これ、可愛い。可愛いよケイオス」
今やだらしなく机の上に横? になる謎の生き物は、ロジャーに指先でうりうりと撫でられるに任せてすっかり伸びていた。柔らかな身体はぷにぷにとしていて、指先を心地良い弾力で押し返してくる。
「フン。私の使い魔にするのだぞ。君のではない」
ケイオスが毛玉を奪い取った。
「ぴぴっ!? ぴぃっ! ぴぃ~!」
毛玉が寂し気に鳴く。
ロジャーは少し残念な顔をしたが、確かにケイオスの物であるので仕方が無い。
「ねえ、その子何て名前なの?」
「これは人造生命体の使い魔だ。名前など無いが、種としてはケセランパサランと呼称されるらしい」
ケセランパサラン。伝説上の生物の名だ。エルフの住むような魔力の濃い森に生息し、これを捕獲出来れば幸運が訪れると言われる。
肉球のついた足、よく見ると小さなお手々も付いている。この手で羽ばたいて、空中をゆっくりと移動するようだ。
「何だか頼り無い奴だな。こんなのが役に立つのか?」
アーロンが訊ねる。彼は可愛い物に全く興味が無い様子だった。武闘派集団の世界で生きてきた為、弱い生き物に価値を見出せないようだ。
「コイツには魔法回路が組み込んである。ある程度簡単に改造出来る作りをしているから、とりあえず回復魔法を使えるようにしておいた。後から他も追加可能だ」
「魔法か。俺の役には立ちそうに無いな」
「ああ。お前のような不滅の体力馬鹿には必要無いだろう。今の私やロジャーには頼りになるはずだ」
「ハッハッハ!そうか。貧弱なお前等にはお似合いだぜ」
ケイオスは説明を続けた。
この使い魔は雑食性で何でも食べる。完全内燃機関を有し糞をしない。
食べた分どんどん巨大化していき、身体に魔力を蓄える。蓄えた魔力を使用すると萎む。つまり回復魔法を使用すると小さくなる。
回復度合いは、パワーが十分あれば切断面の綺麗な傷なら完全治癒させる程度。腕や指など部位が欠損していると治す事は出来ないという。
「ぴー! びきゅっ!」
ケイオスが話を続けていると、毛玉がケイオスの指を飲み込もうとし始めた。
「コラコラ、何をしている貴様。マスターへの攻撃は禁止だぞ」
どうやら歯が存在せず、獲物は丸呑みするスタイルらしい。
その為に噛みつき攻撃はケイオスに何の痛痒も与えず、くすぐったい程度に留まっている。
そうこうしている内に指の根元あたりまで飲み込んでしまい、そこで突っかかって止まった。
「フン。愚か者め・・・・・・この私の手が唾液塗れだ」
ケイオスが空いた手で毛玉をつかんで引っ張る。ずるっと抜けた手指はよだれでビチャビチャになっていた。
アーロンがボロ布を渡してくれたのでそれで拭く。
「もしかして、お腹が空いているんじゃない?」
様子を見ていたロジャーが言った。
「む。なるほど。確かにコイツを作成してから、まだ餌を与えていなかったな」
ケイオスは言われて気が付いたようだ。
何やらゴソゴソと荷物を探ると、しなびた野菜クズを取り出した。
「ここの宿屋の主人から、捨てる生ゴミをもらってきておいたのだ」
そう言うと、ケイオスは毛玉を机の上に置き、目の前に野菜クズを撒いた。
「コイツは生物の残骸であれば何でも消化して魔力に変換する。例えば腐ってしまった食料でも、コイツに与えておけば有効活用出来る訳だ」
毛玉は三人が見守る中、野菜クズの臭いをスンスンと嗅いだ。そして口をあーんと開くと、それをひとかけら丸呑みにした。
「ぺっ」
「あっ!吐き出したよ?!」
「ムッ!そんな筈は・・・・・・」
まずかったとでも言うのだろうか。毛玉は眉間らしき部分に皺を寄せているように見えた。
「我が使い魔よ、これを糧として取り込め」
ケイオスはもう一度試しに命令してみるが、毛玉は野菜クズを見てフーッ! と何だか怒っているようだ。
「ねえ、腐ってる野菜クズじゃ嫌なんじゃないの? 無理強いは良くないよ」
ロジャーが見るに見かねてケイオスを窘める。
「好き嫌いだと? 使い魔の癖に生意気な!」
そうこうしていると毛玉はフワリフワリとロジャーの元へ浮遊し、肩に乗った。
「ぴぃ~~~~~!」
「嫌われたねケイオス。僕に懐いちゃった。ははは」
ロジャーはすっかりこの生き物が気に入ったようだ。両手で包み込むように持つと、親指で撫でている。
「ぴー。ぴぃ~」
毛玉が再び気持ちよさそうに鳴いた。
ケイオスは不服そうな顔をしてそれを見ている。
「ねえ、名前が無いなら、名前を付けてあげようよ」
ロジャーがそう言うとケイオスが答えた。
「名前など不要・・・・・・いや、使い魔の魂を縛るには都合が良いか」
ケイオスは暫く沈思黙考してから声を発した。
「フム。ではその白い毛にちなんでグウェインと名付け」
「ぴーちゃん」
名付けよう、と言うところへ被せ気味にロジャーが言った。
「何?」
「ぴーちゃんが良い。ぴーちゃんが良いよ。可愛いし」
「やめたまえ。そんな名前では威厳というものが無かろう。私の使い魔なのだぞ。実用的に考えて、人前でそんな名を呼んでいられるか」
ケイオスは掌を上にして手招きをした。
「こっちに来いグウェイン」
白い毛玉はロジャーの手から全く離れようとしない。
「グウェイン! マスターの命令に逆らうのか? 来い!」
すると毛玉は一瞬ケイオスの方を向いた。そして目が合うと、ぷいっ、とそっぽを向いた。
「ぐぬッ! 使い魔の癖にマスターに反抗的だな!」
「ほーら、ぴーちゃんもこっちが良いんだって」
「フン、勝手にしろ! だがお前の真名はグウェインだからな!」
ケイオスにしてみれば苦労して作った使い魔である。このままロジャーのペットにされてなるものかと息巻く。
どう呼称されようと真名はグウェインだと決め、この使い魔はケイオスと主従関係で結びつけられた。
「おい、もうどっちでもいい。さっさと支度して出かけようぜ」
アーロンが急かす。まだ朝早いとはいえ、野暮用はさっさと片づけようと彼は言った。
ロジャー達は装備を確認すると、貴族の屋敷へ向かうべく宿を出た。




