第038話 「理想の娘」
しばらくすると次々料理が運ばれてきた。
何せ軍資金なら使い切れない程にある。空腹だった二人はカウンターに乗りきらない程の料理を注文してしまっていた。
「こりゃあ手狭だな。やり過ぎたか」
大都市であるウェストリコには、ここでしか食べられない料理が沢山ある。ついつい注文をし過ぎてしまったようだ。
丁度テーブル席に空席が出来たのを店員に薦められ、二人は四人掛けの丸テーブル席に移動する事になった。
「ねえ、そろそろ例の場所を聞かないと」
「おぉ。そうだな。じゃあちょっと聞き込みをしてくらあ。ついでに厠へも行ってくるから、少し待っててくれ」
すっかり当初の目的を忘れていたのを思い出した。ここへは娼館の場所を聞き込みに来たのだ。移動する為、席を立ったついでにアーロンは聞き込みに行った。
ロジャーが独り席に残される。もうほとんどお腹が一杯でする事も無く、手持ち無沙汰だが待つしかない。
そうして暇を持て余していると、突然後ろから声を掛けられた。
「おにーいさん♪ 一緒に飲みましょうよぉ」
ロジャーが振り向くと女が背後から椅子越しに抱き着いてきた。
その勢いのまま、ほっぺたに軽くキスしてくる。ロジャーはうわずった声を上げた。
「うわっ! 何?」
「あはは! 初心ね! かっわいー!」
美しい小柄な娘であった。
褐色の肌をしていてスレンダーな体型。黒髪は短く綺麗に切り揃えている。服装は簡素な麻の服。酒場の店内は暖かいから良いが、冬の季節にしては随分と薄着だった。
膝上がよく出た服装で、日焼けした健康的な脚を強調するかのようだ。なんともエキゾチックな艶がある。南方の出だろうか。
身長の低い事も相まってかなり若く見える。ロジャーの好みのタイプだ。
その娘は隣の椅子に座り、ロジャーの左腕に腕を回して密着してきた。
「ね、おにーさん童貞?」
「な、な、なんなの君は?! いきなり・・・・・・」
ロジャーは顔が真っ赤になった。
思わず右側に仰け反る。しかし腕にしっかりと抱きつかれているので、ピッタリとくっつかれたままだ。
娘はしなやかな身体を押し付けて離れない。
「アタシが良い事してあげよっか?」
思いっきり顔を近づけてきたのでロジャーは狼狽した。
「わっ! ちょ、ちょっと!」
そのまま数秒経過する。
「あれ? やっぱり迷惑だった? ごめんなさいね」
すると、娘は腕を放し席を立って去って行った。
何とか立ち直ったロジャーが周りを見回すが、娘の姿はもう無い。
「何、今の・・・・・・」
放心していたらアーロンが戻って来た。
「聞いてきたぜ。ここを出てすぐにあるってよ・・・・・・おい、どうした?」
「いや、今凄く可愛い娘が居たんだ・・・・・・」
間違いなくロジャーにとってタイプの娘だった。
肌の色は白い方が好きだと考えていたが、たった今の出来事で価値観が変わる程にロジャーは惹かれていた。
褐色の小柄な美少女。新たな属性がロジャーの性癖に追加された。
「あの娘はどこに行ったんだろう? 僕、あの娘が良いな・・・・・・」
「おい、しっかりしろ。幻でも見たのか?」
ロジャーは立ち上がって尚も見回すが、やはり酒場の中に先程の美しい娘の姿は見つからなかった。
「まあお前好みの娘はこれから探せばいいさ。もういい、ここを出ようぜ」
アーロンに促されて食べきれない料理に別れを告げ、会計を払いに席を立つ。
ロジャーが腰の巾着袋からお金を取り出そうとして手をやるが、そこにある筈の感触が無かった。
「えっ? あれ? あれ?」
見れば巾着の紐が切られていた。袋ごと無い。
慌てて体の色んな所をはたいたが、無駄である。
完全にやられた。有り金全部を持って行かれたのだ。
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それから二人は酒場で皿洗いをする羽目になった。
散々飲み食いした金額はそれで帳消しにならない額であったが、無一文となってしまった二人を店主が憐れみ、それで許してくれた。
仕事が終わったのは深夜である。
二人はペコペコと頭を下げ、酒場の店主に気の毒がられながら、閉店後の真っ暗な酒場を後にした。
「あーあ、最悪だぜ!」
冷え切った夜道でアーロンが悪態をつく。
「注意しておくべきだったな。街には手癖の悪い連中が多いって聞いた事はあったけどよ・・・・・・まさかやられるとはな」
「あの娘、凄く可愛かった。ああ・・・・・・」
ロジャーは落胆していたが、思い返すと惜しむように言った。
「まだそんな事言ってるのか? 騙されたんだぞお前は! 次に会ったら取っ捕まえてやれよ!」
「うん・・・・・・もう一度会いたい」
その様子を見てアーロンはダメだこりゃ、とばかり額に手を当てた。
「とにかくこれからどうするか、だな」
「どうしよう。もう今泊っている所の宿代も払えないよ」
冬の夜気が二人の身に染みる。頭を抱え込みたくなる状況であった。




