第031話 「鬼と牛鬼」
さっきまで暖かい酒場に居たのに、今は冬の寒空の下で武装した守衛達に取り囲まれている。
えらい事になった、とロジャーは思った。
一体何が気に障ったのか知らないが、この守衛達に因縁をつけられているのは間違い無い。
どうすれば良いのか分からず、ロジャーは訊ねた。
「あのー、何かご無礼があったのなら謝ります。侮辱とはどのような件ですか?」
「黙れ! ・・・・・・そこの大男、俺の槍を折っただろ!」
アーロンはきょとんとした様子で答えた。
「んん? あー、あれか。弁償に一ゴールド渡したはずだが?」
周囲がざわざわし出す。おい、ゴールドだってよ! マジか! などと声が聞こえてくる。
「それでは足りん! お前のやった事はガデス一家への侮辱だ!」
「じゃあいくら払えばいいんだ?」
「有り金全部だ! それで許してやる!」
ざわざわ! ざわざわ! 野次馬が口々に騒ぎ出す。誰かが横暴だー! と叫んだ。
「うるさぁーいッ! 死にたいのかッ! 黙れッ!」
一喝すると、部下数名が槍の穂先を野次馬に向けて威嚇した。野次馬が黙らされる。
守衛が右手を上げて何かサインを出すと、大勢の部下がザザッとロジャー達を取り囲むようにして槍を構えた。
「死にたくなければカネを出せ!」
ロジャーは震え上がった。さっきまで捕縛すると言っていたのに、話が違うではないか。明らかにこちらの金が目当てだ。
この人数差ではあまりにも劣勢だ。最悪本当に殺されかねない。
謝ってお金を払えば許してもらえるのなら、素直にそうしたらどうだろうかと考えた。もしかしたら交渉次第で金額を負けてもらえる可能性だってある。
ロジャーが逡巡しているとアーロンが一歩前に出た。
「あー。よく分からんが、お前等と決闘すればいいんだな?」
「えっ、ちょっ、何言ってるのアーロン?!」
ロジャーが狼狽するが、お構い無しにアーロンは高らかに宣言した。
「鬼神一刀流アーロン! 武人としていつ如何なる時、どんな挑戦でも受ける! いいぜ、束になってかかって来な!」
背中の大剣を抜き放つと歓声が上がった。
ワァアアア!
夜中だというのに大勢が騒いだ為、近所からも野次馬が顔をのぞかせる。
守衛達も槍を構え出す。もう完全に後に引ける状態ではなくなった。
「しゃらくせぇ! 野郎共、やっちまえ!」
守衛達が一斉に襲い掛かってくる。
これは堪らない。ロジャーは咄嗟に逃げ出した。
とはいえ囲まれているのだ。空中を飛ぶしか逃げ場など無かった。
奥義、縮地跳空。空を蹴って空中を走る仙術流派の奥義だ。ロジャーはこれを数歩だけ使用して、酒場の向かいにある民家の屋根に飛び乗った。
師匠から危険であると使用を禁じられてはいたが、事ここに至ってはそうも言っていられない。槍に串刺しにされるよりはマシである。
だがこの技は着地が難しい。
ロジャーは勢いそのままに突っ込んだ為、民家の屋根は衝撃で壊れてしまった。
「うぐぅっ!!」
肩口からぶつかるように着地した衝撃の痛みに、ロジャーは呻き声を上げて転がった。
着地の瞬間に、硬気功で身体を硬くしなければ骨折するところだった。
「ハァアアアーーーッ!」
アーロンは片手で大剣を振り回している。彼の得意技、鬼神連撃だ。
右に左にと大剣を打ちつけられた相手は振り子のように上体が揺さぶられ、二合以上受けてまともに立っていられる者は無い。
体制を崩されて倒れた者は、強烈な一撃を受ける。
ガァン! と鉄板で殴りつける音がして、守衛達が次々と打ちのめされていく。
ガンガァン! ガンッ! ゴォン!
よく見ると守衛達は斬られてはいなかった。
アーロンは斬撃を放つと見せかけて全て峰打ちにしており、首の骨が折れない程度に加減して守衛達の鉄兜をしたたかに打っている。
まるで鉄板のような大剣の腹で、守衛達の頭を次々と殴りつけ気絶させていた。
その凄まじい打撃音が辺りに鳴り響いていく。
「ハァアアアア!!」
鬼気迫る勢いに、守衛達が次第に逃げ惑い始めた。
しかしアーロンは止まらない。追いかけて打ち据える。
頭を打たれた者はもう起き上がれない。完全に失神して泡を吹いていた。
「怯むな! 取り囲んで一斉に突けェッ!!」
指示が出されると守衛の部下達はかろうじてフォーメーションを組み直し、アーロンを囲んで一気に突きかかった。
ドスドスッ! とアーロンの身体に数本の槍が突き刺さる。
常人なら致命傷だ。だがアーロンは止まらない。
「ガアアアッ!!」
より強く吠えると大剣を薙ぎ払った。
すると一瞬で槍の柄が全て叩き折られた。
「うわあああ!」
恐慌状態に陥った彼等は、一人残らず頭を打たれて地に転がっていった。
残った数人の守衛達が、慌てふためいて逃げていく。
「あっ、待て!敵前逃亡は」
先を続けようとした男は、後ろからアーロンに殴られた。
「あがッ!」
白目を向いて足下に倒れる。
「ハーッ・・・・・・」
アーロンが息を吐くと、冬の夜気に真っ白く蒸気が広がった。
辺りには死屍累々と気絶した者達が転がる。敵は全滅であった。
あまりの奮闘ぶりに、野次馬達も声を忘れて静まり返っている。
「おいおいお前等。ダメじゃあないかぁ」
その静寂を破るようにして、そこへ巨漢の男が現れた。
「敵前逃亡は死刑だと教えただろぉ?」
見ればそいつは先程逃亡した守衛達を、大きな手で捕まえて三人引きずって歩いてこちらへやって来た。
守衛達は恐怖して悲鳴を上げる。
「ヒィィ! お頭、お許しを!」
巨漢の男はため息をつくと前方に三人を投げ転がした。
「ギャッ!」
三人が呻き声を上げた直後に、巨大な戦斧で一閃する。
その一瞬で三人の守衛は絶命した。鎧ごと一発で切り裂かれたのだ。
「弱者は我が兵に要らん」
鉄の鎧を着て角のついた兜を被り、巨大な戦斧を両手に構えるその様は伝説に聞く牛鬼を彷彿とさせた。戦斧からは血が大量にしたたっている。
「やってくれるじゃねえか。このガデス一家をここまでコケにされちゃあ、生かして返す訳にゃあいかねえぞ」
アーロンは身体に突き刺さった槍を全て抜き取って捨てると、首をゴキゴキと鳴らし、逆手で手招きをした。
「来い、ブタ。斬って酒の肴にしてやる」
それを聞いたガデスは怒りで真っ赤になり、雄叫びを上げながら巨体を揺らしてアーロンに突進した。
「ウォオオオッ! 覚悟しやがれィッ!!」
風切り音がブォンと唸りを上げ、戦斧の凶刃がアーロンに迫る。
アーロンは大剣を片手で大きく振り被って待ち受ける。
野次馬達が固唾を飲んで見守る中、今まさに戦いの決着がつこうとしていた。




