第028話 「希望と絶望」
彼方からやってきたのは、偶然通りかかった商人の荷馬車だった。
こちらに近づくと、商人は馬車馬に拍車をかけ、全速力で走ってくる。
「おぉーい! 助けてくれー!」
「止まって下さぁーい!」
叫んでみても止まる気配は無い。ガラガラとけたたましい音を立てて、荷馬車はそのまま通り過ぎていった。
「行っちまったな・・・・・・」
「な、何で・・・・・・」
三人は呆然とするしか無かった。
しばらくして、ああこれは警戒されてしまったんだ、と思い当たった。
ロジャー達は三人共、基本が黒染めの衣装を着ている。武装した黒装束の男三人が、道端でこちらを見ていれば普通どう思うだろうか。
行き倒れを装った山賊か何かだと、誰もがそう考えるはずだ。
全く配慮に欠けていたとしか言いようが無い。
そういった事を考える余裕も無いくらい、三人共疲れ果てていて飢餓状態だったのだ。
こちらの事情を話せば分かってくれて、お金を払えば荷馬車に乗せてもらえるだろう、ぐらいに考えていた。
だが実際には話をする事すら出来なかった、という訳だ。
ロジャーは、如何に物事を相手の立場から考えるのが大事な事かを痛感した。自分に都合良く考えて行動すると、相手方からは全く違う見られ方をするのだ。
「何だよ。世間には情けってもんがねーのか」
アーロンに学習の様子は無い。
荷馬車が止まらなかった一番の原因は、恐らくこの大男のせいだろう。背には身長と同じくらいの大剣を背負い、立ち上がった時の威圧感は半端ではない。
当の本人は、何故こうなるのか全く分からないようだった。
ロジャーが深いため息をついた。
三人はその後、現状に怨嗟の声を上げながら、ノロノロと徒歩で北上を続けた。何度もへたり込んでいる為、あまり距離が移動出来ていない。
あの荷馬車が最後の希望だった。それが無くなり、絶望が重くのし掛かる。
今まで以上にその歩みは遅く、ともすれば本当に行き倒れになる寸前であった。
ロジャーはアーロンに何故こうなったかを説きながら歩いた。
次にもし通りかかった馬車があれば警戒されないようにと説明はしたが、その後は何も通らないままである。
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夜になり野宿をするが、水も食料も枯渇している。
火を起こして、囲んで寝るだけだ。
その火をつける魔法を行使するのも、ケイオスはしんどいようだった。
(もう限界かも知れない)
ロジャーは横になったが、心配で寝つけずにいた。
仙術で霞を食ってここまでやってきたが、身体が痩せ細って危険を感じ始めたのだ。このままでは意に反して身体が動かなくなりかねない。
空腹感の無い自分ですらそうなのだから、他二人の飢餓状態は察するに余りある。
明日は歩けるだろうか? 後どれだけ歩けば人里に着けるのだろう? とても心細かった。
「大丈夫か?」
その時突然、聞きなれない声がした。
姿は見えない。中年男性の声だ。
「誰?!」
ロジャーが周囲を見渡すと、枯れ木の後ろから人影が現れた。
弱くなった焚火に照らされて、薄っすらと容貌が明らかになる。
フードを被った男だった。顔までは見えないが、声と体格から察するに男である。
「不安か? 助けが欲しいか?」
ロジャーはすぐ立ち上がれる体制を取り、剣の柄に手を掛けた。
アーロンとケイオスを見やったが、二人は全く起きる様子が無い。
自分一人で戦えるだろうか?今は自信が無い。手足に力が入らずフラフラだ。
すると、そんな心を見透かすかのように男が言った。
「落ち着いて。何もしやしない」
穏やかな声だ。聞いていると安らぎを覚えるような優し気な声だ。
訝しんでいるとその男はフードを取った。
黒い髭を生やした顔が露わになる。眉が太く毛深い印象。しかしそれよりも、目がギョロッとして大きいのが特徴的な顔だった。
ロジャーにこの人物の見覚えは無い。
「困っているんだろう? 助けてやろう」
その男は腰に下げた革袋を地面に置いた。
「水だ。飲むと良い。それから」
道の先を指さして続ける。
「あと半日もこの道を進んでいけば、シェナビアという街に着くぞ」
そして男は、頑張れよと言い残すと立ち去って行った。
「ちょっと! 待って!」
ロジャーは後を追ったが、男は夜の闇に紛れて忽然と姿を消していた。
「・・・・・・ッ!」
周囲を探しても、どこにも居ない。
全くその意図が分からない。ロジャーは困惑した。
元居た場所に戻ると大きな革袋が置いてあり、手に持ってみるとズッシリと重い。水袋のようだ。
栓を抜いて慎重に口にしてみると、確かに水だ。水が入っている。
ロジャーは思わず夢中でゴクゴクとそれを飲み、少しして我に返った。
「アーロン! ケイオス! ちょっと起きて!」
慌てて今起こった事を説明すると、水を飲ませた。
「助かったぜ。何者だソイツは?」
「不思議な話だ。だがとにかく、これで何とかなりそうだな」
二人共、その人物にはさっぱり心当たりは無いという。
まるで夢でも見ているかのような出来事だった。しかしあの男のくれた水で喉を潤していると、これが現実であると実感できる。
水分の枯渇した五臓六腑に水が染みわたる。
三人が思い切り飲んだのであっという間に大きな水袋が空になってしまったが、これで明日は歩けそうだ。
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三人はそれからまた睡眠を取り、朝になって歩き出した。
未だ空腹の飢餓状態ではあったが、水が入るとやはり全然違う。歩くだけの活力が湧いた。
それにあの男が言う通りなら、街が近い。そう思うだけで心持ちが違う。
歩き続けて昼近くになった頃、地平線に建物が見えた。
あれがシェナビアという街だろう。ロジャー達は三人で歓声を上げて喜んだのだった。




