第027話 「ろくでもない選択」
「このままではもう行き倒れになる。仕方が無い・・・・・・」
「お。何かあるのか?」
「方法が二つある」
アーロンがケイオスに問いかけると、ケイオスは背中のナップサックからポーションの瓶を二つ取り出した。
「フィーバーポーションだ。これを飲んで歩く。ただ効果が切れた時は反動で倒れる。今の状況だと身体が必要以上に薬を吸収してしまうから危険だ。最悪死ぬ」
特にケイオスは今も服用中だ。二重に使用するのが危険なのは想像に難くない。
そもそも劇薬である。渇きを癒す程飲めば命に関わる代物だ。
恐ろしい事をサラッと説明するが、しかしその小瓶に入った赤色の液体に、アーロンの目は釘付けとなっていた。
飲める物なら何でも構わないくらい乾いているのだ。
「あの時捨てていれば・・・・・・今これに入っているのは水だったろうにね」
ロジャーが小瓶を見て毒づく。気まずい雰囲気が流れた。
ケイオスはもう一つのポーションについて話し出す。
「そしてこちらはブラッドポーション。簡単に言うと血だ。それを時間が経っても凝固したり腐敗したりしないように加工したものだ。これを飲む」
赤黒い液体が、少し大きめの瓶に入っていた。
今のケイオスはただの人間になっているので、血を消化することは出来ない。もちろん普通の人間がこんなものを飲めば、確実に胃もたれというか腹を壊すだろう。
「何だよそりゃ! ただの水が入っていた方がマシだぜ!」
アーロンが嘆くと、ケイオスが反論した。
「いや、こちらは君達が飲むのではない。私が飲むのだ」
「は? 何言ってんだ、自分だけ助かろうっつーのか」
「またかケイオス。僕はもう本当に愛想が尽きたよ」
誰しも極限の状況になると穏やかではいられない。
たった今、先日距離が縮まったばかりのこのチームの心はバラバラになった。
「違う! 落ち着いて聞きたまえ! ・・・・・・擬態を解除すると言っているんだ」
ケイオスが説明するにはこうだ。
このブラッドポーションを飲むと、薬でごまかしている吸血衝動を強引に無理矢理励起させる。
吸血衝動を利用して意図的に封じられた魔力を暴走させ、擬態を解除出来るというのだ。
まだ実行した事が無いので確実とは言えないが、理論上それが可能だという。
「もっともそんな事をすれば、次からは擬態薬が効き難くなってしまうだろう。あまり使いたくない手だ」
ケイオスは苦い顔をした。
だが吸血鬼に戻った場合、彼は今まで培った魔道の全てを解き放てる。それは高度な闇魔法、一般的な元素魔法、基本的な精霊魔法など多岐に渡る。
「当然、そうなれば水の創造など容易い。むしろ聖なる食物と呼ばれるマナエなども無尽蔵に出す事が出来るぞ。まあ私が作り出せるのだから、あれは全然聖なる物ではないんだがな」
マナエとは一般的に教会で聖職者が配る聖なる食物とされている。教会はこれを神の奇跡の食べ物と宣伝して配り、信者獲得の道具にしている。
だがその実態は魔力を具現化した可食性の物体だ。
マナエは薄い乳白色の、透き通った外見をしている。無味無臭でもちもちとした食感がする餅のような食べ物だ。魔力の塊なので美容健康に良く、食べ続けても太り難い。
巷ではこれに砂糖やきな粉をかけたり、シロップ漬けにしたりする甘味が大人気である。それらの収益は教会が元締めとなってボロ儲けしている。
「なんだそりゃ?食った事ねぇな」
魔法と無縁に生きてきたアーロンは見た事も無い。
ロジャーは幼少期に何度か食べた事がある。
「マナエかぁ。原理は霞を食べるのと一緒なんだよ。とにかくそれより今は水が欲しいな」
「そうだそうだ。何でもいいから早くやってくれよ」
二人がケイオスにせっつくと、ケイオスは言い辛そうに続けた。
「但し、今の私は吸血鬼に戻った時、自制する自信が無いんだ」
飢餓状態だからだ、と彼は言う。吸血鬼の吸血衝動は生半可なものではないらしい。
「最悪、人間から吸血鬼に戻った反動で血の乾きに抗えず、狂ってしまうかも知れない。そうなったら君達に襲い掛かって、血を吸い尽くすまで止まらないだろう」
そこまで言うと改めて、二人の前に二つのポーションをケイオスが置いた。
「フィーバーポーションで死ぬか、水を得る可能性にかけて死ぬか、選びたまえ」
上目遣いの眼は少し狂気を孕んでいるように見えた。
「上等だ。襲って来たら叩き斬ってもいいんだろうな?」
「アーロン、君如きが本来の力を取り戻した私を、倒せると思うのか?なら試してみるといい」
「お前こそ俺が本気を出したら一発だぜ」
そんな二人の言い合いを見ながらロジャーがボソッと呟く。
「今の内なら簡単に殺せるけどね・・・・・・」
三人共それぞれの思惑が交錯し殺気立った。
「はぁ。争い合ってる体力は無いよ。もう多数決で決めよう」
ロジャーが提案すると、他二人も力無く従う素振りを見せた。虚勢を張ってはいたが、もう限界なのだ。
冷静に考えてみればこれは危険な賭けだと分るが、今は誰もが正常な思考を保てない状況だった。
その時ちょうどである。彼方に何かが見えた。
「待って。あれ、馬車じゃない?」
えっ、どこだ? とアーロン。ほら、あそこ! とロジャーが指差すと全員がそちらを凝視する。
「お・・・・・・おぉー! よくあんな遠くのに気付いたな!」
「良かった! 助けてもらおう!」
忌まわしい選択をしなくて済んだのは幸いであった。
「もういいぞケイオス。お前は何もしなくていい。今後ともな」
「今度両方ともそのポーション捨てて、水入れといてね」
二人は吐き捨てるように言ってから、馬車に手を振った。
「おぉーい! 助けてくれー!」
「助けて下さーい!」
さっきまでケイオスにあった塵芥の如き人望は、風に吹かれたように消え失せた。
彼は少しだけ残念そうに、二つのポーションをナップサックにしまうのだった。




