第026話 「飢えと渇き」
調子に乗ったケイオスがペラペラと話している。
その話からケイオスが庵に到着するのが遅れたのは、守り貝の結界を以前も使っていた為であった事が判った。
「この結界は完璧だ。目の前で二日経過しても気付かれなかったんだぞ」
狼の群れがケイオスの隠れている目の前に居座ってしまい、丸二日間その場から動けなくなっていたというのだ。
それをケイオスは得意気に述べている。
「仲間が戦っている時に、よく自分だけ隠れて平然としていられるね?」
ロジャーは嫌味を込めてそう言った。
「君は自分の身は守れると言っただろ? 私も自分の身は自分で守ったまでだ」
両手を軽く広げておどけたように返すケイオス。
(いや、確かにそうは言ったよ。言うには言ったけどさぁ)
悪びれない様子のケイオスを見ていると、咎めたところで無駄に思えた。酷過ぎて少し笑ってしまう。
「もういいや。行こう」
ずる賢い奴だ。だが面白い。世の中にはこういう価値観の者も居るのか、とロジャーは勉強になった。
「アーロンありがとう。助かった」
アーロンは尊敬するに足る相手だ。
「お前も中々やるじゃないか。ちょっとパワー不足だが、動きは素早いな」
アーロンもロジャーの腕前を称える。
(アーロンはきっとこれから気の置けない仲間になりそうな気がする)
どうしようもない男ケイオスと頼れる男アーロン。両者に抱く感情は全く異なるのに、気が付くと何故か心の距離は双方共に随分縮まっていた。
死線を乗り越えて、少年は成長していく。
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それから何日かまた山を歩き、野を越え、また再び山を越えを繰り返した。
幸いな事に先日の狼の群れのような魔物に出くわす事は無く、順調な旅路が続いた。
後になってよくよく考えると、あのような大群はそうそうあるものではない。もしかしたら最初鬼哭き村に向かう時、やり過ごした群れだったのだろう。
ここら一帯はあの群れの縄張りだったのか。そう考えると他の脅威が存在しないのも納得がいく。
そんな訳で平穏な行程は進み、七日程北上し続けていくと街道に出た。
広い道だ。商人の馬車などが通行する轍跡がしっかりと残り、雑草がそこだけ生えていない。
予定ではもうそろそろ中継地点の街が見えてくるはずであったが、何処かで道を間違えたかと危惧していた。だがこの広い道に出れたのだ。きっと正解だろう。
ロジャーは本当に久しぶりに、この広さの街道を見た。
今まで住んでいたのは山奥だったし、こんな広い道を見たのは師匠に拾われる以前の幼少期以来だ。
「はぁ~。・・・・・・やっと人里に近づいたかな」
「ハァハァ、ロジャー君。ちょっとここらで一旦座ろうか。うぅ・・・・・・」
ケイオスはここまで弱音を吐き続けていた。それでもついて来れているだけ、最初よりはマシになった方だろうか。
既に水も食料も尽きていた為、無理も無かった。三人共飢餓状態で何とか歩いている状態だった。
そんな中でもロジャーだけは仙術流派の技で霞を食っていたので、痩せ細りはしたものの元気はあった。
他の二人はもう限界のようだ。
「どっかに水場がねえか? 何か飲まないとブッ倒れそうだ」
飢えと渇きは鬼でも耐え難いのだろう。
「この辺は水の気配が無いね。我慢して進むしかなさそうだよ」
ロジャーは心眼を駆使して水気を探るが、冬の乾燥した空気しか感じられない。
アーロンとケイオスは、ついにへたり込んで動けなくなってしまった。
「ケイオスよぉ、魔法で水とか出せないのか?」
アーロンが訊ねるとケイオスは無言で首を振った。
水を創造する魔法も世に無い事はないが、ケイオスは今それを使えない。
彼特製の人間化擬態薬が効いているせいで、生活魔法の中でも簡単なものしか使用出来ないのだ。
水の創造など物質の創造は、無から有を生み出す高等な部類に入る。脱水状態で道に転がるアーロンとケイオス。ロジャーも座り込んだ。
このままでは最悪の事態が予想される。行き倒れだ。三人は力無く項垂れた。




