第025話 「大物食い」
一斉に飛び掛かってきた狼達と交戦になった。
ロジャーには奥義、時の神眼がある。一度に何匹もの狼が噛みつこうとしてくるが、ロジャーはその全てを僅かな動きだけで見切って躱し、斬りつけて反撃した。
初めは凄まじい勢いで殺到してきた狼達だったが、少しずつ数が減っていく。その猛威が収まってきた。
「よし、いける」
ロジャーは戦いの最中、アーロンの様子を横目に見た。
身体中に狼が喰らいついていたが、それを引きずったまま戦い続けている。
(うわ、豪快だな)
最初は不安だったが、これなら何とかなりそうだ。ロジャーは加速して緩やかになった時の中で、状況を判断して落ち着きを取り戻した。
ところが突然、耳を劈くような狼の遠吠えが響いた。
その音はとてつもない大きさで、加速した時の中に居たロジャーにとって耐え難い重低音であった。
「ウォオオオーーーン!」
堪らず集中が切れる。急に現実の速度に戻されて、ロジャーは態勢を崩し倒れ込んだ。
ドォオオオン!!
その目の前に巨大な獣が降り立つ。
「え・・・・・・!」
それは狼ではあったが、あまりにもサイズが違った。ロジャーが一口で喰われそうな大きさの巨大な狼だ。
白銀の美しい毛並みは神々しさを感じさせる。殺意の篭った鋭い目がロジャーを睥睨していた。
「我ガ眷属ヲ殺シタナ・・・・・・!」
低く地の底から響くような重低音。恐ろしい声にロジャーは総毛立った。
(こりゃあ神と呼ばれる類だ! 殺される!)
年を経て強い魔力を持つようになった魔物は、巨大化して神と呼称される強大な存在になる事がある。そう師匠に教わったのを思い出した。
山の神とか呼ばれる獣にゃ手を出しちゃなんねえだとか、出会ったら死んだと思えだとか。
その気になれば村ごと何もかも食われて無くなっちまう。そう聞いた事がある。
伝説に聞くような存在に相対して、ロジャーは成す術も無く震えた。
「ガアアァァッ!」
ゆっくりと大きな口が開くのが見える。
それは死を覚悟した者が見るスローな世界だった。時の神眼を使った時と似ている。違っているのは恐怖と戦慄で動けず、ただ死を覚悟して待つしか出来ないところだ。
(死ッ・・・・・・!)
ロジャーはもう駄目だと思った。恐怖で目を固く閉じる。だがその時、何かドカッ! と大きな音がした。
「おっと! 俺が相手だ!」
ロジャーが目を開くと、アーロンが大剣を振りぬいた姿勢で立っていた。
どうやらその大きな鉄板のような大剣で、あの巨大な狼の頭部を横殴りに斬りつけたようだ。
巨狼は恨めし気に唸った。
「ヨクモ我ノ顔ヲ!」
見れば鼻先から横っ面にかけて流血している。今の一撃が深く穿った傷だ。
怒りに顔をゆがめた巨狼がアーロンに牙を剥いた。大きく口を開け、思い切り噛みつこうと突進する。
だがアーロンは怯む事無く大剣を振りかぶると、思い切り巨狼の頭部へと切り掛かった。全体重を掛けて大剣を叩きつける。
ドカッ!
牙を剥き出しにした獣の頭部、丁度首のつけ根辺りに、異様な音を立てて大剣の刃が入った。
大剣は一気に柄まで埋まってそこで止まり、巨狼が苦し気な声を上げる。
「クゥオオオッ!」
巨狼は大剣を持つアーロンを、身体を振って弾き飛ばそうとした。だがアーロンは動かない。
「力比べなら負けん!」
気功によって強化された身体は重量が増加したかの如く、まさしく鋼鉄の強度を持って怪力で巨狼を押し返した。
大剣がより深く入ってしまい、巨狼が悲鳴を上げる。
「グルルル!」
苦しみにもがく巨狼は、後ろ足で頭を掻くようにしてアーロンの背中を幾度となく強打した。
それでもアーロンはびくともしない。気功の充満した彼の身体は赤黒く変色し、異常な強度で攻撃を受け付けない。
ゴリッ! ザッザザッ! ザシュッ!!
皮肉にもアーロンを蹴りつけた衝撃がそのまま刃に伝わった。巨狼が自分で大剣を押してしまったようなものだ。
骨を断つ音が聞こえる。そのままの勢いでアーロンが大剣を押し斬っていくと、ついには巨狼の首を刃が通り抜けた。
ゴトォン!!
切断された巨大な頭部が落下する。アーロンは大剣を振りぬいた姿勢。その背後に巨狼の頭が、白目を向いて舌を出した状態で横倒しに転がった。
頭を失った胴体の首から鮮血が激しく吹き出す。
周辺に居て戦いを見守っていた狼の群れが、蜘蛛の子を散らしたように逃げ出した。
ロジャーは暫し呆然としたまま、その光景を見ていた。
「あ、あぶ・・・・・・なか、た」
あまりの出来事で呂律が回らず言葉にならない。
アーロンは大剣をブォッと振って血を飛ばすと、懐から布切れを出して血を拭いながら言った。
「大物は得意とするところだ」
大剣を納刀してベルトを肩に掛け、背に背負った。
彼等鬼族の流派は皆、大きく力のある敵を得意とする。反対に小さくて素早いのは苦手だという。
むしろ巨狼より雑魚を片付ける方が面倒だった、とアーロンはそう述べた。
「素晴らしい。流石は鬼の剣士だ。お見事。ははは」
そこに結界を解いてケイオスが姿を現した。ヘラヘラと笑っている。
するとアーロンは神妙な面持ちでケイオスを見て、押し黙った。
(流石にアーロンも怒ったかな。ケイオスに詰め寄るんじゃないか)
ロジャーが予想しながら見ていると、アーロンが喜色満面でケイオスに詰め寄った。
「お前、凄いな! これが魔法ってヤツかぁ!」
アーロンは何の恨み言も無く、ただケイオスの魔法に関心した。
「いや、これは魔法ではない。錬金術だ。詳しく知りたいかね?」
臆面も無く得意顔をするケイオス。
「こ、こいつ・・・・・・」
ロジャーは顔を顰めた。屑過ぎて呆れてしまい、何も言う気になれなかった。




