第024話 「守り貝」
後になって聞いた事だが、半人半鬼のこの種族は非常に頑強だ。
ただでさえ強靭で傷つき難い上、気功によって肉体を強化する為、ありえない程の強度を持つ。正しく鋼の肉体である。
しかもそれだけではない。
世界各地の伝承にも残っている事だが、鬼は手足を切断されてもくっつければ再生する。
手足どころか、首と胴体ですら切り離されても数日間は生きていられるという。
そう言えばロジャーも幼い頃、鬼にまつわる話を聞かされたものだ。
首を斬られた鬼がその頭を探して夜な夜な徘徊する怪談。そんな話が結構あったりする。
一体どういう仕組みになっていて致命傷を受けても死なないのか?
ロジャーが気になって訊ねると、村長シゲンは次のように答えてくれた。
鬼は霊体までもが強靭であり、身体が切断されてもしばらくは霊体が繋がったままなのだ、と。霊体に力を入れて動かせば、身体が動くのだそうだ。
まるでデタラメのような話だ。強過ぎて馬鹿げている。しかし伝承にも残る通り、これが鬼の能力なのだろう。
但し相応の力が要るという。気で身体を動かすのは、普段の力より倍は大変だとシゲンは言った。
「鬼を殺すには脳天を穿つか、霊体まで斬る霊剣や名刀を使うしかない」
シゲンが言うには鬼といえども脳をやられれば、生きてはいても精神が死んでしまうという話だった。
ロジャーが余興の間終始怯えていたのに対し、ケイオスは平然としていた。どうやら吸血鬼も原理的には同じような不死性を持つらしく、然程驚かなかったようである。
「不死と言えど、脳が弱点なのは変わらない。当たり前だな」
何か偉そうなのが鼻に着く。自分も不死だと訳知り顔がしたいようだ。
「吸血鬼は肉体よりも霊的に滅ぼされねば死滅しない。それでもやはり脳をやられるのは拙い」
大変ショッキングな宴の余興が終わった。
ロジャー達はあてがわれた部屋でゆっくりと休む事が出来た。久しぶりに湯あみもさせてもらい、清潔な布団でぐっすりと眠った。
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次の日、朝から色々な準備を済ませると、昼には鬼哭き村を出る事にさせてもらった。
村長シゲンが名残惜しそうにしていたが、旅に遅れが出ているので急がねばならない。
「せわしいのう。少しくらいゆっくりしていっても良いのだぞ?」
「すみません、先を急ぎますので。夕べはありがとうございます。お世話になりました」
「うむ。気を付けて行かれよ」
ロジャー達は別れの挨拶をした。
「アーロンよ。彼等を守り、悪を討つのだ。その剣の名にかけて」
「ハッ。鬼神一刀流の名にかけて」
そう言って踵を返すとアーロンはもう振り返らなかった。
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村を出発してしばらく歩き、道中色々と話をした。
剣士アーロンは明るく気さくな男であった。
自己紹介をし合って新たに分かった事がある。鬼族は魔法をからっきし使えない。
この世界の人間は魔法の才能があれば、修練すると簡単な生活魔法なら習得出来る。
だが鬼族はそういった極簡単なものであっても、どれ程修練しようと魔法は使えない。
気功の技を駆使する彼等ではあるが、気は魔力と似て非なる性質を持つ。身体が気で満たされると魔力の置き場は無くなってしまうのだ。
ロジャーの会得している仙術流派は例外的に、魔力を気に変換したりその逆も可能だ。しかし気と魔力を両方扱うのは、世に非常に珍しい。
鬼族の身体は気功操作に特化して進化してきたようだ。
これは気功により強力なフィジカルを誇る半面、魔法攻撃を防ぐ術を持たないという事だ。弱体化魔法には弱いかも知れない。
精神力は強いので、魔法なんか根性だけで跳ね除けられる、と本人は豪語していた。
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半日程歩いていると、見覚えのある風景に出会った。
それは鬼哭き村に向かう道中で通った場所だ。
山の中で三差路になっている地形で、ロジャー達はここを北上しようとしていた。
「ロジャー君、待ちたまえ!」
今日はケイオスが朝からへばらずにここまで歩いてきた。
しかしついにここで弱音を吐き始めたか、とロジャーは少し眉間にしわを寄せながら振り返った。
「何か居るぞッ! 囲まれているッ!!」
その声に警戒したロジャーが、心眼で辺りを探る。すると確かに獣が居た。狼だ。
遅れて来る獣臭。気がつくとすっかり群れに囲まれていた。
どうやら風下から注意深くつけ狙われていたらしい。今まで臭いに気が付かなかった。
まだまだロジャーは未熟なところがある。仙術流派の心眼の使い手でありながら、この様な不覚を取った。
「この統率の取れ方・・・・・・やっぱり魔物か!」
ロジャーが魔眼で見ると、狼達は薄っすらと魔力を発し赤く光っていた。
こちらに敵意や憎悪がある時に発されるマナの色だ。
薄いとはいえ、通常の野生動物はこのような魔力を発しはしない。この狼達は魔物化している。統率が取れているのもその為だろう。
魔物化した野生動物は高い知性を持つようになる。年月を経れば人間の話す言葉も理解する。
恐らく群れにボスが居るはずだ、とロジャーは見当をつけた。その個体が群れに指示を出して統率しているに違いない。
数ではこちらが圧倒的に不利だが、ボスを倒してしまえば何とかなるだろう。
「ロジャー君。大変言い難いのだが」
強い魔力を発する個体は無いだろうかと魔眼で狼のボスを探している時に、ケイオスが後ろで何か言い始めた。
「私は以前、身の保身には自信があると言ったな」
ケイオスは自分の周囲に何かを撒いている。
「そして君は、自分の身は自分で守れるとか言っていたよな?」
何だと思ってロジャーが振り向くと、ケイオスは小袋から貝殻を取り出して自分の周囲にそれを撒いていた。
一瞬何をやっているのかと思ったが、その貝殻には見覚えがある。
「悪いが私は姿を隠させてもらうぞ」
ケイオスが短い呪文を唱える。すると彼の姿は透けていき、どんどん消え失せて、あっという間に見えなくなってしまった。
「は?! ちょっと!」
「これは守り貝の結界だ。現世を霊的に切り離す事が出来る。以前、使って見せたやつだ」
あの時の結界か、とロジャーは思い出した。
「私は確かにここに居る。しかし結界の外から私を認識する事は出来なくなる」
そう言うケイオスの声すらもが、もうどこから聞こえているのか分からなくなっている。
「えぇぇ?! 自分だけ隠れるんですか!」
「ゆっくりと準備出来れば大きくできるが、急場ではこのサイズの結界が精一杯なんだ。すまない」
(このクズッ!)
ロジャーは心の中で毒づいた。だがもうどうにもならない。
狼の大群の中にアーロンと取り残され、二人だけで応戦しなければならなくなった。
狼達は低い唸り声を上げながら威嚇してくる。
一匹、また一匹と木々の間に隠れていた個体が顔を出し始めた。今にも襲い掛かってきそうだ。
「ロジャー、いっちょやるしかねえぜ。弱ぇ奴は隠れていれば良いさ!」
そう言ってアーロンが大剣を背中から外し、鞘から引き抜いて構えた。
その姿は堂に入っていた。実に頼もしい。ロジャーにとってはそれだけが救いであった。




