第022話 「鬼哭き村の宴」
ロジャーとケイオスはいくつも山を越え、東に進み続けていった。
途中、狼の群れを遠くから見つけたがやり過ごした。
狼達は何か獲物となる野生動物を追い回しており、ロジャー達は風下に居た事も幸いして隠れてやり過ごせた。
戦いになればロジャーはともかく、ケイオスの身を守れたかは怪しい。見つからずに済んだのは幸いだった。
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その後ついに鬼哭き村に到着した。
村は一見長閑な山の盆地で、遠くを見渡すと何層にも連なる棚田が続いている。
村の入り口で若い衆が何者か訊ねるので、魔物狩りである事を告げるとすっかり歓迎された。
村長の家で歓待の宴をするという。どうやら師匠がしっかりと話を通してあるのだろう。ロジャー達は村長の家へと案内される。
「よくぞおいでなされた。山奥までお疲れになったでしょう」
村長の家に着くと挨拶もそこそこに宴会の準備が始まった。大勢の村人がドカドカと集まってきて、筵や座布団が敷かれる。
台所と飯焚き場は数人掛かりで料理を作り、何もかもが手際良く急ごしらえの宴席が用意された。
「さぁさ、一献」
酒が振る舞われる。ロジャーは酒を飲まないので、ケイオスだけが盃を取った。
料理を食べる前に、村長が乾杯の音頭を取る。宴会が始まった。
村長の名はシゲン。老人だが身体が大きく筋肉が張り出している。体格を遠目で見たらとても老人には見えない。多分ロジャーが戦ったら負けるだろう。
浅黒い肌、白銀の髪。黒い目。この村の民は皆そういう人種で、老人も真っ白な髪の毛を後ろで束ねていた。
村人も大勢が大広間に居り、皆が一様に巨体だ。
それぞれにお膳が用意されており、板の間の武道場のような場所で全員が酒を飲んでいる。
シゲンはこれから余興があるので楽しみにしてくれ、とにこやかに言った。
「ロジャー君、この人達は信用して良いのかな? もしかして私達は食料にされたりしないだろうか?」
とケイオスが言う。
見れば料理はほとんどが肉だったので、ロジャーは食べる寸前で思わず箸を止めた。
言い出した当の本人、ケイオスは平気で食べている。
「これ、何の肉ですかね?」
「猪肉だと思うが。美味しいぞ」
ケイオスは吸血鬼なので、その肉がどうあろうと別に構わないのかも知れない。
ロジャーは恐る恐る肉を口に入れてみる。すると美味であった。
ドンドコドンドコ! ドンドコドンドコ!
太鼓の音で余興が始まる。
剣の演武だという。
巨漢の男が見事な筋肉を見せつけるように上半身をさらけ出し、下はふんどしの上に腰ミノを纏っている。
双剣を使った巧みな舞いだ。見る者を魅了する華麗な回転剣舞。
普通双剣を使う場合はもっと小振りなサイズを使用するものだが、彼の持つ曲刀は通常なら一刀流で使うようなサイズのものだ。
幅広の刀身が厚く頑丈そうで、重量もかなりあるように見える。恐らく剣の腕も相当なものだろう。
あれ程大きな剣を振っているというのに、軽やかで優美な舞いは足音ひとつしない。かと思えば風を斬る音が凄まじく、その威力は想像するに恐ろしい程だ。
この大広間は武道場のような作りで十分な広さがある。ロジャーは安全な距離から演武を見ているのだが、それでも迫力を感じて少しのけ反ってしまった。
「アイツはこの村でも一、二を争う腕前じゃ。剣舞の美しさは髄一よ」
シゲンがそう言うのでロジャーが聞き返した。
「僕達と同行してくれる剣士とは、彼の事でしょうか?」
「いや、それは向こうで座っている奴じゃ。名はアーロンという。奴もまた剣豪よ」
大部屋の隅であぐらをかいて座り、剣舞を眺めている男が居た。これも体格が良い。立てば恐らく7フート|(2m10cm)はゆうにある。見事な偉丈夫であった。
精悍な顔立ちはまさしく武人のそれ。銀髪は短く切り揃えてある。褐色の肌。快活な印象だ。簡素な着物を着ており、そこから見える胸元の筋肉は相当に鍛えられている。
彼は上目で睨むように剣舞を見ながら盃を煽っていた。
出し抜けにシゲンが大声で彼を呼ぶ。
「アーロン! これへ参れ!」
呼ばれた男は何事かとこちらを見て、しかしすぐに表情を引き締めた。
「ハッ!」
力強く返事をすると、傍らに横たえてあった大剣を手に立ち上がり、こちらに歩いて来る。
その剣の大きさに驚く。ほとんど彼の身長程はある。ロジャーが見た事も無いような幅広の刀身だ。
鞘に頑丈な革製のベルトがあり、彼はそれを軽々と片手で持っている。しかしとてもではないが、普通の人間が片手で持てる重さではないだろう。
「鬼神一刀流アーロン、ここに」
彼が近づいただけで圧倒されるような威圧感があった。
「ジェイドと一戦交えよ」
「承知!」
大部屋中の空気がピンと張り詰める。
(えっ?! 大丈夫なのこれ?)
こんな酒が入っている状態で真剣を使った勝負をしたら、死人が出るんじゃないかとロジャーは心配になった。
しかし当たり前のように進行していく場の流れに飲まれてしまう。水を差せる雰囲気ではない。
「ジェイドよ、アーロンの相手をせい」
剣舞をしていた青年はジェイドというらしい。
「応ッ!」
舞いは村長の一声で中断され、ジェイドは剣を納刀してひざまづいた。
その後、アーロンとジェイドは大広間の中央で相対する。
「西ィッ! 修羅舞闘流ジェイド!」
ドドン! と太鼓が打ち鳴らされる。
「やっちまえジェーイドッ! お前が最強だァーッ!」
「ワアアアアッ!」
「死ねーッ! ぶった斬られろォッ!」
周囲の巨漢達がざわつき始め、野次のような声援が飛び交う。
ジェイドの濃褐色の身体は筋肉がはちきれんばかりだ。酒が入って少し赤みがかっている。
ジェイドが腰に指していた二振りの剣を同時に抜く。と同時に歓声は最高潮に達した。
ドドドン! 再び太鼓が打ち鳴らされる。
「東ィィッ! 鬼神一刀流アーロン!!」
アーロンは着物を上半身脱ぐと無造作に後ろへやり、腰に下がるようにした。
現れたのは鋼の如き肉体。褐色の肌、分厚い胸板、六つに割れた腹筋。そして丸太のような太い腕。
その腕で大剣を鞘から抜き放ち、片腕で正眼に構えた。
凄まじい重量が掛かっているはずの右腕。しかし剣先はピタリと微動だにしていない。
ワァァァ!! と歓声がうるさく室内に響く。先程と同じく応援しているのか口汚く罵っているのかわからないような、熱狂した歓声が部屋中に満ちた。
「いざ、尋常に! 始め!!」
目にも止まらぬ速さで巨体同士が交差した。その瞬間ガァン! と凄まじい金属音
が鳴り響き、どうやら大剣と曲刀が一合した音であると一瞬後に理解させられる。
「ハァアアアーーーッ!」
アーロンは大剣を片手で振り回し、連撃でジェイドを追い詰める。
ジェイドの剣技は攻撃を受け流すのに特化しており、舞いを舞うように華麗なステップで躱しながら、要所では曲刀で弾いていた。
しばらくガンガンと火花を散らし、両者一歩も譲らぬ激しい攻防が続く。
「・・・・・・クッ!!」
しかし徐々にジェイドが押されていった。
剣の圧力を殺しきれずに、態勢を崩されていく。
ついには一閃大剣が煌めいて鮮血が舞い散った。
あまりにも速い剣だ。ロジャーは目を見開いた。
数秒後に上から何かが落ちてきて、ガシャン! と派手な音を立ててロジャーの前に合った料理を直撃する。
「うわあああ!!」
腕だった。ジェイドの腕が切り飛ばされて降ってきたのだ。




