第021話 「まるでヒモ」
「・・・・・・なあ、ロジャー君。今度は一滴だ。一滴。それなら良いだろう?」
「はぁ。勝手にして下さい。だけど今度倒れたらそのまま置いていきますよ」
それからケイオスはロジャーを説き伏せて、フィーバーポーションと呼称していた薬を使用した。
今度は掌に少量の液体を出して見せ、これだけなら大丈夫なんだ、と説明してからである。
「よし、これで良い。もう私は疲れ知らずだぞ」
「はぁ、僕はもう疲れました。今度倒れたら本当に放置していきますからね」
二度目の念押し。揉めに揉めたが、そこからは快調に進めるようになった。
この日はもう半日しか無かった為然程でも無かったが、次の日は山道を踏破出来る距離がグッと伸びた。
冬の山は枯れ木ばかりとはいえ、それでも日中に山頂から眼下を見下ろすと気晴らしになる。二人はその眺望に幾分か心持ちが良くなった。
最初は懸念していたロジャーも、これなら少し安心だと気を持ち直す。
「最初はどうなるかと思いましたよ。でも、これだけ進めるなら良さそうですね」
「私の作った薬は凄いだろう? な、捨てなくて良かったじゃないか」
少しでも褒めると調子に乗る点は癇に障るが、それでも順調に進めるなら文句は無い。
一日で山を3つ越え、夜になったのでまた野宿の準備をしようとなった。
山育ちで健脚のロジャーでも大分疲労していたが、のんびりしてはいられない。
山の夜は冷え込みが厳しい。火を起こして暖を取れるようにしたり、食事の準備もしなければならなかった。
「水の音がするんで、近くに沢があるようです。僕は水を汲みに行くんで、ケイオスさんは火を起こしておいてもらえますか?」
「その程度なら造作も無い。任せたまえ」
庵から持って来ていた竹筒の水筒は4つあったが、もう既に全部使ってしまっていた。後々の事を考えると、補給できるときに補給しておかなければならない。
ケイオスに火起こしの道具を渡してから、ロジャーは水を探しに行った。
水の音は大分近い。だが注意せねばならない。夜の山中は真っ暗だ。足を滑らせて斜面を滑落すれば、命に係わる。
ロジャーは魔眼に魔力を込めると、完全な闇の中であっても周辺を見渡せた。これで灯を持っていなくとも歩けている。
しばらくして沢を見つけたロジャーは、竹筒の水筒に水を汲んで戻った。
「ケイオスさん、戻りました。・・・・・・あれ?」
先程野宿をしようとした場所に戻ると、ケイオスは照明用のランプを灯して本を読んでいた。
「ああ、お帰り」
ロジャーを一瞥もせずにページを繰るケイオス。
「何やってるんです?」
「日中閃いたんだ。魔導書をまた新たに読み解けそうなインスピレーションを得たんで、急いで調べている」
「頼んでおいた火起こしは? このままじゃ夕食も作れませんよ」
「ちょっとこれだけ読ませてくれないか。そうだな。君は燃えそうな木切れを持って来てくれ。そうしたら私が火をつけよう」
吐く息が白い寒々とした山の中、沢まで水を汲んで戻ったロジャーはすぐにも暖を取りたかった。
戻れば火を起こしてあると思っていたのにそれが無い。道具があるとはいえ、火をつけるのはそれなりに手間が掛かる面倒な作業だ。
それを考えただけでも苛立ってくる。こうしている間にも汗が冷えて体温が失われていく。
「僕は貴方の小間使いじゃありません!」
温厚な性格のロジャーでも、ついに怒りの声を上げた。
「木切れを持って来い? それを持ってきたら、今度は火を起こせと命令でもするつもりですか!」
するとケイオスは魔導書を閉じ、立ち上がってロジャーに近づいた。
「どぉ~したんだいロジャーくぅん?」
急にいつもとは違う、おどけて子供をあやすような口調であった。
ロジャーの両肩に手を掛けてケイオスは言う。
「機嫌が悪いね。お腹空いているよな? 私もさ。じゃあ早く支度しないとね」
微笑む彼にロジャーは呆気に取られたが、すぐに手を振り払って叫んだ。
「ふざけないで下さい! 何なんですかその態度!」
怒鳴りつけたがケイオスは平然としている。それで怒りが爆発した。
「貴方おかしいですよ! 何一つしっかり出来ないじゃないですか! 来るという日には遅れてくるし、旅に必要なものを持って来ず、変な薬や道具や魔導書ばかり!」
ロジャーは今まで胸に抑えていた、ありったけの不満をぶつけ始めた。
「火を起こすのに木切れも集めてないって、どういう事なんですか! やる気が無いなら帰って下さい!」
目の前で指折り数えて見せ、ロジャーは激情に肩を震わせた。
すると再びケイオスが両肩に手をかけてきた。今度は少し強めだ。
「あーあーあー分かった分かった。悪かったよ。確かに私が悪かった。だが今それを言っても解決しないだろ? 木を持って来なきゃ火はつけられない。わめき散らしてもどうにもならないよ」
口調も強くなったが、あくまで優しい声を出す。
「ほら。私も木を集めるから、早く火を起こしてしまおう」
ケイオスは魔導書をナップサックに突っ込むと、木切れを拾い始める。
すっかり気分の悪くなったロジャーだったが、ケイオスがそうしたのを見て自分も木を集め始めた。
そうすると、すぐに必要な量の木切れが集まった。
「さあ、私が火をつける。任せたまえ」
ロジャーが火口箱から火打石を出して打とうとすると、ケイオスがそう言って止める。
何やら短い呪文を唱えると、たちまち木切れに火が付いて燃え始めた。
「生活魔法程度なら使えるからね。火起こしなら私がやった方がいい」
着火剤となる火口のガマの穂や硫黄塗りの木片などは有限だ。使わないで済むならそれに越した事は無い。
何だか納得のいかない感情が湧いてくるロジャーだったが、暖かい火に当たっているともうどうでも良くなった。
「う~ん。今夜はちょっと冷えるな。よし、結界を張ろう」
ケイオスがナップサックから小さな袋を取り出す。それには白い貝殻が入っていた。一枚一枚を四方に置いていき、また呪文を唱えて魔法を使う。
するとロジャー達の周りだけ風がピタリと止んだ。そして空気が温かくなってくる。
「本来は別の用途に使う結界だが、こういう使い方も出来るんだ」
ケイオスが言うには、この結界は霊的な遮断をする結界なのだという。
風が止められるのは大気中の精霊を遮断している為で、物質的な空気を遮断しているのではないとか何とか。
難しい事はロジャーには分からなかったが、その効力は素直に認めて彼を尊敬した。
「暖かくなってきたね。これなら快適だ。さあ、夕食の準備を頼むよ」
さっきまで最悪の気分でふてくされていたが、こうまでされるとロジャーもやらない訳にいかない。急に改心してみせたケイオスに、ロジャーは複雑な感情を抱いていた。
鍋を取り出し水を注いで火にかける。赤芋を二つ茹でてついでに干し肉を湯で戻すと、簡素な夕食が出来上がった。
「毎日赤芋と干し肉だが、全然飽きないな。疲れていると何でも美味しく食べられる」
芋を食べながらケイオスが話し掛けてくる。
「・・・・・・さっきは言い過ぎました。ごめんなさい」
唐突にロジャーは謝った。
少しシーンと間が開いてからケイオスが静寂を破る。
「ああ、いや。こちらこそ悪かった。もう、喧嘩は終わりにしよう」
「ええ」
見上げれば雲一つ無い星空が輝き、月明かりが煌々と地上を照らしていた。
仙術流派魔眼初級技『暗視』
魔眼には様々な能力があり、暗視もそのひとつである。赤外線の他にマナを見る事もでき、残存魔力から何かを追跡する際にも使える。
心眼と違ってほぼ消耗の無い技なので、持続させたい場合はこちらが便利。要魔眼。




