第014話 「暴風雨の如く」
外から騒がしい話し声が聞こえてくる。師匠とメリーが談笑しているのだ。
声は段々近づいてきて、ついに二人が家屋の中へと入って来た。
「いやー、悪ぃなババア! こんなにもらっちまって良かったのか?」
「いいって言ってるだろ。どうせうちに置いといても宝の持ち腐れだ。役立てる者の手に渡った方が良いんだよ」
師匠は上機嫌でがはははと笑っている。
人は機嫌の良い時ならばある程度ガードが緩む。ロジャーは意を決して師匠の前に出て、こう切り出した。
「師匠。僕は師匠の弟子を辞めます」
「あ? 何言ってんだお前?」
恐らく唐突過ぎて意味が頭に入ってこないのだろう。師匠は笑顔のままロジャーに聞き返してきた。
よし、今だ。ロジャーはイケるかもしれないと考えた。
「僕はリーナさんが好きなんです。でもリーナさんは師匠が嫌いだそうなんです。だから僕は師匠の弟子を辞めます」
師匠の顔が無表情になった。
「ンなの通ると思ってんのかアホが」
イケる訳が無かった。そこまで大人しく聞いていた師匠がロジャーの頭を殴った。
「がっ!」
ロジャーは頭を押さえてうずくまる。
「オメーは俺の後継者になるんだよ! これからもっと実戦を積ませて、鍛えて! 俺の右腕となって働いてもらわにゃならねえんだぞ!」
かがみこんでいるところへ蹴りが入った。ぐふっ! とロジャーは膝を折った。
「一人前になってから好きな事をやれ! 認めてやらあ! だが、半人前の分際で、女のケツを追いかけたいだあ? ぶん殴るぞコラッ!」
前かがみになったところへ右腕の鉄槌を背に受けて、ロジャーは叩きのめされ床を舐めた。
(うう、もう殴ってるじゃあないですか・・・・・・ヤバい、殺される。たすけて)
予想以上の暴力にロジャーは完全に屈した。
「ちょっと! 止めとくれよ店の中で! その子元々怪我人なんだろ?! そんなに殴ったら死んじまうよ!」
メリーが慌てて師匠を止めに入る。すると師匠が振り返り、リーナをにらんだ。
「俺の弟子を色香でたぶらかすたあ、やってくれるじゃねえかテメエ。この泥棒猫が・・・・・・!」
凄まじい眼光がリーナを襲う。
「ヒィッ! 私は何もしてません!」
不意に怒りの矛先を向けられ、リーナは必死で否定した。恐怖で顔面蒼白の涙目になっている。
「誤解です! 私は彼を好きでも何でもありません! 彼が勝手に言い寄ってきたんです!」
(そ、そんな! リーナさん・・・・・・)
ロジャーはショックを受けた。
「・・・・・・チッ、じゃあお前等何も無いんだな?」
「はいっ! 何も! 全然何もありませんっ!」
リーナとの会話には先程まで確かな手ごたえを感じていたのに、今やそんな淡い恋愛の熱は暴風雨にさらされるようにして無残に鎮火したのを感じる。
「そうか。ならいい。じゃあ全部コイツの勝手な思い込みだな。オラ! 立てッ!」
うずくまったロジャーに再び蹴りが入る。うめき声を上げながら何とか起き上がったが、深くうなだれたままだ。顔を上げる事が出来ない。
「帰るぞ。邪魔したなババア」
ロジャーは師匠に服をつかまれ、引きずられるようにして外に出されていった。
メリーとリーナがその様子を不安そうに見守る。
□■□■□■□■□■□■□■□■
(アイザック視点)
俺は背に未熟な弟子を乗せて飛び、唸る風の中で考え事をしていた。
ロジャーめ、色を知る歳か・・・・・・ついカッとなってボコボコにしちまった。
元々頭の治療の為にババアの所に行ったってのに、これじゃ意味がねえ。クソッ! 自己嫌悪だ。
ロジャーは泣くでもなく、ただ押し黙って俺の背に顔を押し付けている。
・・・・・・考えてみればコイツ、初恋だったのか。
あの娘は、見てくれだけは良かった。惚れるのも無理はねえ。可哀想な事をしたな。
だがなロジャー、若い内だけだ。人間はすぐ老いるぞ。
どんなに美しい女だって、二十年も経てば老いる。それが定命の者の定めだ。
あまり恋愛に深入りし過ぎると、別れが辛くなるだけだぜ。俺達は生業上、所帯を持つには向かねえ。
まあとにかく、いずれロジャーには経験をさせよう。まだ早過ぎるから、いつかコイツが成人したあたりでだ。
飢えが修行の妨げになるなら、その欲を満たしてやればいい。時にそういう勉強も必要だからな。
・・・・・・だがあの小娘は駄目だな。頑固過ぎる。この前聞いたが、ババアと同じくステラ聖教やってるらしい。
癒し手っつーのは神聖魔法を使う為に宗教を頼る。身持ちがお堅い奴ばかりだ。あんなののケツに敷かれてりゃあ、ロジャーが洗脳されかねん。そうはさせんぞ。
よし。ロジャーが成人して街に出た時に、大人の店にでも行かせよう。それが一番手っ取り早そうだ。
フン。名案じゃないか。俺は将来の事を考えながら風を切って飛び続けた。




