第32話 寝ぼけ
テレビを見ていた俺たち。
すでに十一時を回っていることに気がつき、俺は美羽を見やる。
少し眠そうにした姿。今は髪を下ろし、ハーフツインにしている。ネグリジェ姿でコトンと俺の肩に頭を預ける美羽。
「寝るか?」
「ん。ごめん。眠い」
俺はお客用の布団を取り出し、テーブルをどけて床に敷く。
「美羽。寝られそう?」
「ん。暖かい」
美羽は布団に潜り込むとニヘラと笑う。
俺は少しドキドキして眠れそうにない。
美羽の無防備な姿、それに甘い香り。
どれをとっても俺には刺激が強すぎた。
今まで幼馴染みとして接してきたのに、恋人になると、こうも意識してしまうものか。
心の中がぼかぼかする気持ちもあるが、気持ちが高ぶっている方が今は勝っている。
どうしてこうも違うのか、分からないが、一緒に寝るというもなかなかに刺激的ではある。
美羽が寝返りをうつとそのスレンダーな胸がちらりとみえてしまいそうになる。
いや、あかんでしょ。
俺たちまだ高校生だぞ。
気を落ち着けるため、スマホに有線イヤホンをつけて音楽を聴く。
今流行の曲を聞いていると、少しは気持ちが落ち着くというもの。
「んん~♡」
甘い吐息にドキリとしてしまう俺。
やっぱり美羽ってかなりの美少女なんじゃないか。
いや、もうホント。それな。
俺は何度目かの自問自答を繰り返す。
可愛いからその魔力に魅入られる。
俺はそう思っている。
実際、学年一の可愛さを誇っていると、矢萩が言っていた。
まあ、俺と付き合うことになってからは一から下落したらしいが。
そっちの方がありがたかった。
狙っている男子どもが減れば、こっちの気苦労も減るというもの。
それでも未だに人気あるらしいからな。
気をつけないと。
「大輝」
「!」
なんだ。寝言か。
「好き」
「え! 美羽?」
返事はない。ただの寝言だ。
でも美羽からはあまり「好き」と言われたことはない。こんなんでドキドキしてしまう俺が悔しい。
それに「大輝好き」というよりも「大輝」「好き」と分かれていたので別の意図があるのかもしれない。
美羽は本当に俺なんかでいいのだろうか?
少し湧いた疑問がある。
でもまあ、美羽がそれでいいなら――。
俺は緊張のあまり喉が渇いたので台所へ向かう。
水を飲み、少し落ち着かせる。
「んん。トイレ……」
目をくしくしと擦りながらこちらに向かってくる美羽。
「ああ。と、トイレか。ははは」
俺を追いかけきたのかと一瞬でも思ってしまった俺がいる。
どんだけ自意識過剰なんだよ。
まったく。
トイレに入るのを見届けると、俺はコップでもう一杯飲む。
ベッドに入ると、俺はそのまますーっと寝てしまった。
どれくらい経ったのだろうか。
俺はトイレに行きたくなり、目を覚ます。
寝る前に飲み過ぎたのが原因だ。
トイレを済ませると、俺は美羽の寝姿を見やる。
「可愛いな」
ほっぺをツンツンとつつき、やがて俺は美羽の傍で音を立てずに近寄る。
こんなに近くにいるのは、いつ以来だろう。
一緒の布団で眠ろうか?
そうは思ったが、それでは美羽を驚かしかねない。
俺は美羽のすべすべの肌に魅入り、そっと撫でる。
「大輝、もっと」
「へ」
裏返った声で応じてしまった。
俺はそのすべすべな肌をもうひと撫ですると、自分のベッドに戻る。
「大輝のバカ」
「おい。ホントは起きているんじゃないだろうな?」
「……えへへへ。バレた?」
「ああ。そうだな。少し前からおかしいとは思っていたよ」
だって最初よりも明らかに口角上がっていたし。
「もう。大輝のせいで起きちゃったよ」
「俺のせいにするな。だいたいお前は無防備すぎる」
ベッドに寝転びながら、ぶつくさと言う俺。
「うーん。わたし大輝の前だけだよ。こんな姿見せるの」
それを言われると俺はかーっと赤くなる。
熱い。
そんな状態で眠れるのか?
いや眠らねばなるまい。
「明日は学校だろ? 寝ようぜ」
「えー。その前に身体を動かさない?」
「はい?」
いきなりの提案に俺は目を瞬く。
「枕投げ!」
「あー。なるほどね。それがしたいんだ」
子どもっぽいと思ったが言えば、確実に怒るだろう。
「しよ!」
「分かったって。俺久しぶりだな」
枕は二つしかないけど、するか。
美羽たってのやりたいことだ。無碍にする訳にもいくまい。
枕を持ち上げ、俺と美羽は同時に投げ合う。
ぶつかった枕を持ち直し、すぐに投げつける。
枕投げとは、枕合戦とは。本来こういうものである。
どれだけ早く、スピーディーに投げ合うのか。それが勝利の鍵だ。
……でも、枕投げの勝ち負けってあるのか?
その疑問を抱いた瞬間、俺の視界は枕で一杯になった。
「やった!」
嬉しそうにガッツポーズをとる美羽。
はしゃいでいるところ悪いが、俺は枕を投げ返す。
「へぶっ!」
喜び勇む姿を捉えた最高の一撃。
「も、もう! やったな!」
美羽は怒りを露わにし、こちらに枕を投げつけてくる。
俺はそれをかわすと、美羽は「むむむ」とうなり、こめかみに青筋を立てる。
「もう! 当たって!」
もう一個の枕を投げつけてくる。
今度は俺の動きを予測したのか、当たってしまう。
「やった」
再び舞い上がる美羽。
「くー。もういいよ。俺の負けだ」
肩で息をしている俺は降参の旗印を上げる。
「もう。大輝は意気地がないなー」
「美羽は体力ありすぎだろ。まだ動けそうだものな」
「うん。まだ動けそう!」
夜中の一時。
ネコのチャオはうるさいと思ったのか、トレーニングルーム兼倉庫の部屋に向かっていく。
「チャオも起きたみたいね」
「まあ、俺たちがあれだけはしゃいでいれば、な」
「うーん。でもこういうのもいいね」
「……だな」
俺は顔を緩め、クスクスと笑いだす。
「少し話さない?」
「ああ。いいぞ」
俺と美羽はベッドと布団に潜りながら、ちょこっと話をした。
飯田早苗と武雄、佐藤、佐々木といった友達の話。
「飯田って武雄のこと、好きだよな?」
「たぶんね。でも早苗ちゃんは隠しているみたいだね」
「あれで? 意外だな。さっぱりしている性格だから、てっきりもう伝えているのかと思ったぞ。鈍い武雄だし」
飯田と武雄とはいつも四人でしゃべることが多い。その中で飯田が武雄を好いているのは想像がつく。
男の俺からしてみても、武雄は格好いいからな。他の佐藤や佐々木も言っていた。
「そういえば、佐々木と泉はどうなったんだ?」
「ん。あー。やっぱり? わたしも気になっていた。泉ちゃん、佐々木くんのこと好きみたいね」
「だよな。あれだけアピールしているものな」
「うん。でも友達の一ノ瀬くんがサポートしているみたいだよ」
「佐々木はこじらせているからな。なんでも金金ってうるさいんだよなぁ……」
「ダメ。悪口だよ」
めってする美羽がまた可愛い。
「まあ、佐々木は仕方ないさ。あれでいてけっこう正論を言うからな」
佐々木の母が大変とも聞く。一ノ瀬も一枚噛んでいるという噂もあるが本当のところはどうだか分からない。
「でも、付き合っているのって、わたしたちだけだね」
「ああ。両思いだとやっぱりくっつくのも早いのかもな」
両思い。
その言葉がすごく嬉しいのは俺だけかな。
「ふふ。ね。嬉しい」
美羽は少し寝ぼているのか、声が小さくなっていく。
「まあ、今日も色々あったな。楽しかったよ」
「ん。楽しかった」
美羽は少し眠そうな声音で応じると、
雷鳴と明滅が、大粒の雨と共にもたらされる。
美羽が布団で振るえている。
「怖いか? 美羽」
優しく声をかけて俺は美羽の傍に寄り添う。
再び雷鳴が轟く。
「こ、怖いよ。大輝」
「もう。大丈夫だ」
俺が手をギュッと握る。
美羽の手は震えていた。




