第21話 模様替え
「あー。ここにベッドをもってくるべきだったな。そうすれば寝転びながらゲームができる」
「それなら、今から模様替えしない?」
「それもいいな」
俺は呆けた顔で応じる。
そっと立ち上がる美羽。
「じゃあ始めようか?」
まずはじめにベッドを動かすための動線を確保する。
邪魔になるなる本棚を避けて、端に置くと、それだけで息が上がる。
「けっこうな運動だな。……ん?」
「本棚の後ろになにか落ちていたみたいね」
拾い上げてみると埃を被っていたそれは賞状であるとわかる。
「懐かしいな。読書感想文の賞状だ」
これをもらったのがきっかけで俺は小説家を目指している。それほど大事だったのにいつの間にか無くしてしまっていたようだ。
「へー。中学の時?」
美羽が知らないとなると、きっと中学時代なのだろう。
「美羽が転校していったあとだろうな」
小学校高学年で別れた美羽。
奇跡的にも高校で再会したのだが、そのときの喜びは一塩だった。
「しかしまあ、可愛くなったよな」
「もう、もう! なんでそうなるのよ」
美羽は照れた顔を浮かべながら両手で顔をあおぐ。
照れた顔が可愛いから褒めている――なんて言えるはずもない。
どのみち彼女は可愛いけどね。
「賞状、せっかくだし飾らない?」
「それもそうだな」
倉庫兼トレーニングルームに向かい、額縁を探す。
「あったあった。これだ」
俺は持ってきた額縁に賞状を入れる。
以前にニュースで『症状』といった馬鹿げた習慣のある会社があったが、今は倒産しているらしい。
やはり悪はこの世に栄えないのだ。
正義は必ず勝つ。
そう思うからこそ、人は生きていけるのかもしれない。
額縁で彩られた賞状は本棚の上に乗せる。
「じゃあ次はこっちのカラーボックスを移動させよう」
カラーボックスの中にはたくさんの本が詰まっている。
そのままでは重いので、本を取り除くわけだが、
「おお! 『絶対正義守くん』だ」
「あの伝説の?」
美羽も驚きの声を上げる。
人気作家とイラストレーターが担当した伝説のライトノベル。
絶対に正義を見せつける守くんのお話だ。
ストーリーは王道を行くものの、人間関係が複雑かつ深いので一部オタクには深く刺さった物語である。
「「正義執行! 平和は僕が守る!」」
二人して声がハモる。
クスクスと笑いが漏れてしまう。
『絶対正義守くん』に浸っていると美羽はハッとする。
「このままじゃ片づけ、終わらないよ!」
「そ、そうだな!」
俺も慌てて立ち上がる。
カラーボックスを移動させると、後ろに指輪が落ちていた。
「あ! これ、わたしがあげたやつ……」
「あー。婚約しよって迫ったときか……」
幼稚園の頃に美羽が結婚の意味も分からずに指輪を渡してきたのだ。
俺はプレゼントならなんでも喜ぶので、つい受け取ったという経緯がある。
まあ今となったら嬉しい思い出ではあるのだが。
「よく覚えていたな、美羽」
「ん。だって初恋なんだもん……」
か細い声で応じる美羽。
声が聞き取れず、俺は尋ねる。
「え? なんだって?」
「初恋なんだもん!」
今度はしっかりと聞き取れた。でも――。
「もう一度!」
「もう。もう。もう! からかわないでよ!」
「ワンモワプリーズ?」
「もう知らない!」
さすがに限度を超えてしまったのか美羽は後ろを向いてプンスカと怒ってしまった。
俺はその指輪を綺麗にすると左薬指にはめる。
「どう? 似合う?」
俺は美羽に話しかけるとちらっと見てくる。
「ふっ。ふふふ……。まったく馬鹿なんだから」
薬指の中途半端な位置にはまっている指輪。
俺が子供の頃ならちょうど良かったものの、成長した今では小さすぎるのだ。
「今度は本物にしてよね?」
「うっ。学生のうちは厳しいな……」
俺が怯んだのを見て、美羽は優しく体を押し付けてくる。
「お願いね。大輝」
「あー。分かったよ。美羽一人くらい養ってやるさ」
俺は一世一代の覚悟を決めて言う。
「えー。一人じゃないと思うだけどなー」
体を密着させた状態でふんわりと柔らかい声が耳朶を打つ。
「それって……?」
脳がショートしてうまく結論を出せない俺に、美羽が甘えたような声で告げる。
「子供、ほしくない?」
かぁあぁあと熱くなる俺の頬。
「いや、いやいや。結論早くね!?」
「それだけ大輝が好きなの。わたしも働くから、一緒に頑張ろ?」
美羽は妖艶な微笑を浮かべる。
さらりと揺れる長い髪が俺の太ももに触れる。
このままじゃ、理性が持たない。
学生結婚もありかもしれないが、できれば自立した状態で家族を養っていきたい。
「そろそろ、模様替え。するぞ」
完全に照れている俺と美羽だが、それでもやることがある。今は模様替えの時間だ。
あらかた端に寄せると最後の強敵、ベッドを移動させる。
「「せーのっ!」」
二人で掛け声を上げて上に浮かす。
と、ベッドと床の隙間から黒いものが飛び出す。
「きゃっ!」
美羽が悲鳴を上げて、浮かしていたベッドを離す。
俺はベッドの端に膝をぶつけ、鈍痛にうめく。
黒い物体は今、壁にへばりついている。
今こそ男の維持を見せるとき。
害虫駆除用のスプレーを机から持ち上げ、Gに向けて噴射する。
ちなみにGとはガン○ムではなくゴキ○リのことである。
同じGなのに、これほど扱いが違うのはGとしても不本意かもしれない。
とにかくスプレーを浴びたGは身動きを取れずにその場に落ちていく。
そこにすかさずゴミ箱を移動させる。
「まだいるんじゃないの?」
美羽が完全におびえている。
完璧美少女にも弱点があったようだ。
ぬらりと揺らめく黒い物体。
「そこっ!」
俺は反射的にGを鷲掴みし、スプレーで倒す。
そのままゴミ箱へIN。
「え。す、素手!?」
「このくらいなんてことないよ。洗えば平気」
「そ、そういう問題なのかな……?」
美羽は混乱した様子でこっちを見やる。
どうだ。男らしい一面を見せることができたんじゃないか?
手を洗うと再びベッドを持ち上げようとする俺。
「え。本当に動かすの?」
美羽はおっかなびっくりした様子で俺をベッドを交互に見やる。
「安心しろ。俺が退治してやる」
「う、うん。そうだね」
美羽は困ったように眉根を寄せてベッドの反対側を掴む。
が他にGはいないらしい。
ほっと一安心してベッドを移動させる。
「ここでいい?」
「ああ、ばっちりだ。じゃあカラーボックスや本棚を移動させよう」
俺はそう言い軽くなった本棚を端に寄せる。
美羽もカラーボックスを移動させて、満足げに笑みを浮かべる。
「どうかな?」
「いいんじゃないの」
俺がそう答えると美羽は安堵の息を漏らす。
「つ、疲れたぁ〜」
美羽がそう言うのも無理はない。模様替えはそれだけ、大変なことなのだ。
最後にカラーボックスと本棚に本をしまう。
中には読み終えていない本もあり、俺と美羽はその本の話題をしながら片付ける。
「〝ケーピーと悪ふざけ〟これも面白かったよな」
「ふふ、それなら〝おでかけでーと!〟も面白いよ」
〝おでかけでーと!〟
それはただデートをする二人組のカップルのことである。著者は夕日ゆうや。
「それなら〝さよならで終わり、さよならで始まる恋〟も面白かったよ」
「美羽はラブコメが好きだものな」
「うん。大好き。ラッキースケベで可愛い子が見れるの、いい」
時折、おっさんっぽい発言があるんだよな。
まあそこも可愛いんだけど。
「ねぇ。ところで模様替えなんだけど……」
「言うな」
俺は遮るように呟く。
「テレビを移動させるだけで良かったんじゃない?」
言っちゃったよ。
俺、テレビを見ながらベッドでゴロゴロしたいと言ったけど、単にテレビの位置を変えるだけで良かったんだよな……。
「それについてはノーコメントで」
「もう、馬鹿な大輝も好き!」
そう言って俺の腕に絡みつく美羽。
柔らかく温かい感触。
多幸感あふれる気持ち。
俺は幸せ者だ。




