第90話 信頼されていないのは辛いです
「おはよう。マリア、少し話さない?」
「お、おはよう、シャルくん。あの、話……。うん、そうだね」
「よかった、避けられるかと思ったよ」
「あ、あの、避ける理由がないよ。友達だもん」
「なるほど、無かったことにするんだ。マリア、好きだよ。何回だって言うよ。好きだって。返事はいつくれるの?」
「あ、あの、その、」
その時、シャルくんの後ろをアロ様が通った。でも、何も言わずに行ってしまった。今の会話聞こえているよね?いつもなら、全力で阻止してくれるのに……
「ああ、今もしかして拗れていたりする?チャンスなの?」
「違うよ。全然違う!!ちゃんと話すもん」
「もしかして、僕とキスしたことも?」
「そ、それは……」
「は?キス?」
柱のほうからアロ様の声が聞こえた。まさか今の、アロ様に聞かれた?隠れて聞いていたの??
「そこにいるのですか、アロ様」
柱の陰から、アロ様が出てきた。通り過ぎたと思ったが、どうやら柱の陰にいたようだ。
「王太子がコソコソ隠れて人の話を聞くなんて、感心できませんね。アロイス殿下。」
「……すまない。だが、今の話は……」
「事実ですよ。それが何か?」
「ち、……」
違うと否定したかったが、キスしたのは事実だった。
「そうか、事実か……マリアはハリス公子を選ぶのか……」
「え、違います!キスはされましたが、それは、」
「いいよ、君がいいなら、そうなるんだよ。僕ではなくても……」
その言葉に、ガツンと頭を殴られたような衝撃に襲われた。私を簡単に誰かに渡せるんだ。今そう言ったんだ。それは、私のアロ様への想いも、今までの思い出も信用してないってことだ。ブチっと私の中で何かが切れる音がした気がした。
「いいのですね。わかりました。もう、私のことは必要ないのですね。では、婚約は解消させていただきます!!長らくお世話になりました!!」
「マリア……」
「え、マリア。嬉しいけど、ちょっとこれ大丈夫なのかな?急になんで、あ、待って!」
私はその場から全力疾走で逃げた。もう、悔しいのか、悲しいのかよくわからない。でも、アロ様を今は見たくなかった。シャルくんが後ろから必死で追いかけてきた。
「はあ…はあ、マリア相変わらず足が速いね……」
「シャルくん、私、もうダメかもしれない。何もかも全部……」
アロ様がどうしてあんなことを言ったのか分からなかった。でも、私がいいなら、そうなるって、どういう意味?私がシャルくんのところに行ったら諦められるってこと?
「そっか、じゃあ、僕のところにおいで。僕は君が必要だよ。今は友達でいいから」
「シャルくん、でも……」
「大丈夫さ。それに婚約破棄って言っていたよね。君、今日からどこに住むの?」
「あ、それは思わず……でも、そうだね、どこに住もう……グラン領へ帰ったら、卒業できないよね」
婚約者として王宮に住んでいた。勢いで、婚約破棄だって言ってしまったが、確かにアロ様と同じところには住めないだろう。隣の部屋だし、気まずい。かといって、神殿に住むのは違うような気がする。ジャコブ大神官様は喜びそうだけど。
「とりあえず、落ち着いて考えてみて。僕の住んでいる屋敷は、広いし部屋数も多いから大丈夫だよ。今日は、もう早退したら?このまま授業は無理だろう?」
確かに、顔は涙でぐちゃぐちゃだし、気持ちもぐちゃぐちゃだ。このまま教室に戻るのは無理そうだ。
「おいで、マリア」
優しいシャルくんに、この時私は流されていた。手を引かれて馬車に乗り込む姿を、大勢の生徒が目撃しているなんて、俯いて歩く私には、そんなこと気づきもしなかったのだ。
シャルくんから、侍女のマーサたちに今日は公子の屋敷に泊まる、と連絡を入れてもらった。驚かれるだろうけど、無断外泊よりましかと思った。
翌日、マーサとキャシーが血相を変えてやってきてとても反省した。
「お嬢様、マーサの心臓を止める気ですか⁈ちゃんと説明してくださいまし!!」
朝から、学園の支度や、準備もすべてマーサとキャシーがやってくれた。
「事情はわかりました。納得は致しませんが。お嬢様が滞在される間、私たちもお世話になります!!よろしいでしょうか、ハリス公子様」
有無を言わせない迫力に、シャルくんは二つ返事で了承していた。
翌日、シャルくんと一緒に馬車で学園まで来た。アロ様に勢いで婚約破棄と言ってしまった自分に早くも後悔が押し寄せていた。ハリス家のシェフがはりきって作ってくれた朝食は、ほとんど喉を通らなかった。本当に申し訳ないことをした。
「マリア、どうなっているのですか?」
リリーが慌ててこちらへ近づき質問した。どうなっているって?