第8話 side第一王子アロイス6歳の独白
僕アロイス・ジョン・ローズウェルは、ここローズウェル王国の第一王子として生を受けた。美貌の王妃といわれる母に似た容姿、優れた講師陣に天才と言わしめた頭脳を持ち、生まれながらに膨大な魔力量を誇り、魔法の才能も抜きん出ていた。
地位も才能も何もかもが望むとおりになる僕は、齢6歳にして人生を退屈に思えるようになってしまっていた。
生まれた直後から既に婚約者が決められていたし、その女神の愛し子だという伯爵令嬢にも特に興味がなかった。本来なら生まれた直後に王宮が管理するべきだと多くの大臣たちは父王に進言したようだが、5歳までは領地で育てたいと愛し子の両親たっての願いだと離れて過ごすことになっていたのも幸いだった。
近くにいて婚約者だと大きな顔をされるのも、つきまとわれるのもごめんだと思っていた。それでなくても王宮に遊びに来ているエラン侯爵の娘を筆頭に、複数の令嬢にしつこくつきまとわれていたのだ。臣を大切にせよ。と父王に言われてなければ魔力を使って吹き飛ばしたいと何度思ったことか。
グラン伯爵令嬢が6歳になって王宮にやって来たと聞いた時も、マナーが未熟なため対面の日程が延期されたと伝えられた時も会わずに済むならその方がいい、とすら思っていたのだ。
きっと自分は何もかも恵まれたせいで人を愛することが出来ない人間になってしまったのではないかと思い始めていた。
そんな時だった。王宮の奥宮が少し騒がしいのに気づき、近くの従僕に何があったのか確認させると、婚約者のマリアローズが行方不明なのだという。そういえば王宮に来てから半年経つが、対面の機会がやってきていないと気づいた。
興味がないにしても一度ぐらい会っておいてもいいか、と軽い気持ちで魔力を巡らしマリアローズのオーラを探した。ギフトを持つ人間はそれぞれ特性のオーラを持つのだ。
女神の愛し子のオーラは虹色だ。つまりこの国で虹色のオーラを持つ者は、マリアローズただ一人のはずだ。目を閉じてオーラを追っていけば、どうやら奥宮に近い庭の片隅にいるようだ。
初めて対面する婚約者に少しワクワクしながら庭へ向かえば、ちょうど庭の木の下にピンクブロンドの髪を持つ少女を見つけた。あの髪色はマリアローズだ。
驚かせないようにそっと近づいていく。どうやら彼女は泣いているようだ。大きな空色の瞳からは盛大に涙が溢れていた。その泣き顔を見た瞬間激しく胸のあたりが痛んだ。初めての感覚だった。ドキドキしながら隣に座って声をかけた。
「もしかしてマリアローズ?」
びっくりした様子で僕を見つめてくる姿にまた胸が高鳴る。なんて可愛いのだ。愛し子、彼女にぴったりだ。思考はもはや暴走しそうだ。ふわりと優しいピンクブロンドの髪も、僕を見つめる空色の瞳も全てに胸が締め付けられた。
僕のだ。この可愛い生き物は僕のものだ。
ぎこちなくカーテシーする姿でさえ可憐だった。
その後どこか怯えるように気を失ったマリアローズの様子に違和感を覚えた僕は、彼女の侍女に事情をすべて聞いた。あり得ないことに講師たちは、幼いマリアローズを軽んじる発言を繰り返し、行き過ぎた態度で接していたそうだ。愚かな講師陣は一掃することにした。
僕の可愛いマリアローズをいじめているなんて許し難い。特にエラン夫人は彼女に対して厳しすぎる態度をとっていたと聞く。そもそも僕が半年もマリアローズに会えなかったのもエラン夫人のせいだ。半年前の彼女もきっと可愛かったに違いない。僕とマリアローズの大切な出会いを邪魔するなんて本当に許しがたい、エラン侯爵家の母娘はそろいもそろってなんて鬱陶しいんだ。
当分の間王宮には立ち入らせないよう父王に進言しておいた。
深く傷ついたマリアローズを励ますためにという口実で、週に2回お茶会をすることにした。本当は二人きりの時間を過ごしたいところだが、子供が多いほうがいいだろうと時々妹姫のアナリスも誘うことにした。何度かお茶会をする間に、アナリスはすっかり彼女に懐いたのかマリア姉様と呼ぶようになっていた。
僕だってまだ彼女をマリアと呼べずにいるのに、と嫉妬を覚えたのは内緒だ。