第88話 sideシャルル・ハリス公子の事情 ②
僕より5歳年上のキャサリン姉様は、本来ならもう少し早く結婚について話が出てきてもおかしくなかった。きっと、僕が留学を希望したから、僕が帰国するまで待ってくれていたように思う。姉様はすごく優しい方だから。
「あれは心が弱い。優しすぎるのだ。人の機微にも敏感で、とても王としてやっていけるとは思えない。それに降嫁することを願ったのは、他でもないキャサリン本人なのだよ」
「なぜ……」
「それに、サミエルとキャサリンは互いを想い合っている。しかし、ウィンドル侯爵家も一人息子なのだ。妹がいるとはいえ、歴史ある家の長男を王配に望むのは忍びなくてな」
「しかし、僕はあくまで臣下としてこの国を支えようと思っていたのです」
「それも知っている。だが、だからこそ、王太子としてこの国を支えていって欲しい。頼む、シャルル」
深々と陛下が頭を下げた。その光景を見て僕はもう逃げられないと悟った。
「頭を上げてください。わかりました。このことは父も知っているのですか?」
「ああ、ジェームズも知っている。どうするかは、そなたに任せたいと言っていた」
なるほど、父さまは全部僕に丸投げしたのか……
「では、ハリス公爵家も父の代で終わりになるのですね」
陛下は少し焦ったような仕草でカーテンの方を見た。
「いや、それが、そうでもなくてな……」
「……どういうことですか?まさか父に隠し子でも……」
母さまを溺愛している父さまに限ってそんな事が?
「ああ、もう、ジェームズ出てこい!私に言わせるのはズルいぞ!!」
陛下の背後のカーテンがゆれて、後ろからよく知る人物が出てきた。
「父、さま……」
「ああ、シャルル。久しいな。実はお前に弟か妹が出来るんだ。まいったな~照れる。」
いや、照れる、ではなくて。僕が留学している間に、何しているんですか?僕に兄弟が?嬉しいけど、なんだか複雑な気持ちだ。
「……それは、おめでとうございます?で、いいのですか?」
「ああ、めでたいさ。母子ともに元気で、3か月後には産まれる予定だ」
「そうですか。母さまが元気なら良かった」
僕が、神のお気に入りになってから、母の体の調子も良くなっていたが、まさか子供を産めるほど元気になっていたなんて……。
「それで、シャルルよ。私としては、想い出の君であるマリアローズ嬢を王太子妃としてこちらに迎え入れられるなら、それはそれでいいと思っている。しかし、無理は出来んぞ。ローズウィル国の王太子と揉めるなどは、もってのほかだからな」
「はい、重々承知しております。僕の我儘で3年間ローズウィル国へ行っているのです。帰国したのちは、陛下の仰せのままにいたします」
「そうか、では残り一年でマリアローズ嬢が頷かなければ、こちらで然るべき令嬢を王太子妃にしても……いいのか?」
「はい、構いません。彼女以外ならば、誰がなろうと同じなので」
「……」
陛下と父は黙ってしまった。ここで取り繕うのも違うだろうと思って、今の気持ちを伝えたのだ。空気はあえて読まなかった。
「……春には、キャサリンとサミエルの婚約が発表され、降嫁することも伝えられる。そなたの立太子も発表されることになるが、それでよいか?」
「はい。陛下の御心のままに」
何故か二人とも、不憫な子を見るような目で見つめてくるが、それには気づかないふりをして部屋を出た。
あと一年。僕にもあとがないな。まさか自分が王太子になるなんて、考えてもいなかった。
そして、新学期が始まって、マリアに本気でアプローチしようと思っていたところに、父から書簡が届いたのだ。どうやら、カーネル王国で僕の立太子を知った貴族たちが、王太子の留学取りやめ即帰国を望んで、連日王宮にやって来るらしい。
陛下がなだめてはいるが、あと1年留学することは無理だろう。すまないがなるべく早く帰ってきて欲しい。そんな内容だった。
本当に厄介なことになった。