第86話 side王太子アロイス 疑念
公務で、魔法薬の課外授業に出られずにいた。最近は本格的に公務が入り、マリアと学園に行けないことが増え少し気にしていた。漠然とした不安があるのだ。
そんな時、マリアにこっそりつけていた護衛から連絡が入ったのだ。
「マリアがハリス公子と穴に落ちて行方不明だと……」
僕は、慌てて白猫を探させた。あの猫なら行方が分かるはずだ。
「見つけた。ララ、マリアを探してくれ!」
白猫は、マリアの部屋で焼き菓子を食べていた……いつも食べているな、こいつ。
「また、アロイスにゃ。せっかくお膳立てしたのに邪魔しちゃダメにゃ」
「は?どういうことだ」
「シャルルにお願いされたのにゃ。マリアと二人っきりで話したいって頼まれたのにゃ。誰かさんが、いつも邪魔してゆっくり話せないから。だから、アロイスがいない今日、そうしたのにゃ」
「何の話をするんだ」
「それは、愛の告白にゃ」
「は?マリアは僕のものだぞ」
「そんなの知らないのにゃ。私はマリアが幸せになるのなら、シャルルでもアロイスでも、その他でもかまわないのにゃ」
「どういうことだ……」
「そのままの意味にゃ。マリアが好きになった方と結ばれたらいいのにゃ。女神の愛し子とか、アロイスの婚約者だとか、そんなもの重要なことじゃないのにゃ」
「まさか、ハリス公子の味方をするのか⁈」
「違うにゃ。マリアが選ぶのにゃ。そこに国とか地位は一切介入させないのにゃ。マリアが選ぶなら、例え平民でもいいのにゃ。全力で応援するのにゃ」
「……兎に角、マリアのところに連れて行ってくれ。頼む……」
「仕方ないのにゃ。ここは公平に手を貸すのにゃ」
そう言って、白猫は両手を挙げて、抱っこしろと言った。
そして、ララの案内で洞窟を進むと、マリアとハリス公子が抱き合っていたのだ。魔力を暴走させなかったことを褒めて欲しい。
マリアは、抵抗することもなくハリス公子と抱き合っているように見えた。慌てて引きはがしたが、マリアは僕の顔を見ようとしない。ハリス公子は自分の気持ちを伝えたと言っていた。まさか、マリアはハリス公子の気持ちに応えたのか?
聞く勇気はなかった。婚約者なんて肩書は何の効力も持たない気がしたのだ。
冷静なふりをして、洞窟の外まで出てきた。ずっと無言だった。口をひらいたらマリアにすがってしまいそうだった。二人も無言だった。
もし白猫が、女神様の使いだと仮定するなら、あいつの言葉は女神様の意志なのだろう。それならば、僕はどうやってマリアを縛れるだろう?いっそ誰にも会わせずにどこかに閉じ込めてしまおうか?
いや、そんな事をしても、白猫はマリアを連れ出すだろう……。
マリアが好きになった方……、白猫はそう言った。つまり、マリアがハリス公子を好きになったら、そうなるという事なのだろう。そこにこの世界の常識は通じないだろう。
王宮に帰ってきてからも、マリアは僕と目を合わせなかった。やはり何があったのか?
僕からマリアが離れていく?そんな事、許せるはずがない。いっそこのまま、無理やりマリアを僕のモノにしてしまおうか?暗い心が広がっていく。いや、わかっている。そんなことしてもマリアの心は手に入らない。それに、そんな事をすれば、白猫は確実にこの世から僕を消し去るだろう。それでは意味がない。
マリアが好きなのは僕だと言いたいが、そこに自信が持てなかった。ハリス公子はいい奴なのだ。黒いモヤが迫って死を覚悟した時に、マリアを託してもいいと思えるほどに……
隣国のカーネル王国より、陛下に書簡が届いていた。一人娘であるキャサリン王女の婚約と、ウィンドル侯爵家の長男サミエル殿へ降嫁することが決まったという知らせだった。
そして、王弟であるハリス公爵の息子シャルル・ハリスを養子に迎え、立太子することになったようだ。同じ王太子、立場で争うものではないが、わが身を心もとなく思うのも事実だった。
ずっと長い間一緒にいた。婚約者で、大好きなマリア。それは何の意味もなさないのか?
マリア、君は誰のものになるんだ?