第80話 ラーラのお気に入り
「え?アナ様をお気に入りに?アロ様がルール様のお気に入りになったみたいに?」
ブラッドフォード王太子殿下が、会話から取り残されてしまっている。
『……それはいいにゃ。アナリスはいい子にゃ。別にお気に入りにしてもいいのにゃ。でも急にどうしたのにゃ?ルルがそんなこと言うのは珍しいのにゃ』
「いや、自分が少し目を離した隙に、ユリゲーラ国がややこしいことになっていた。元はと言えばお前の尻ぬぐいでこうなった。少し、助けてもらってもいいかと思った」
『わかったにゃ。これでチャラにして欲しいのにゃ』
そういうと、ララはキラキラ光る何かを空に放った。
「おい、チャラって……ズルくないか…」
「……白猫がするのか?」
アロ様が驚いて声を出した。そうだ、まさか白猫が女神様だなんて思っていないアロ様と王太子はこの会話自体が変に聞こえてしまうかも……
『……今のは女神ラーラへの報告にゃ。後で、そうなっているのにゃ』
ララは苦しい言い訳をしたが、一応納得したみたいだ。きっと今頃、アナ様に加護が授けられているはずだ。
「すまない。状況が把握できないのだが、説明を求めてもいいだろうか?白猫がしゃべっている件も含めて」
『……にゃあ』
やっと、思考が動いたのか、ブラッドフォード王太子殿下が遠慮がちに説明を求めた。
この場合誰が説明するのがいいのだろう?ユリゲーラ国のややこしいことは聞いていいのだろうか?きっとアナ様をお気に入りにした理由なのだろうけど……
「自分が説明しよう。出来る範囲でだが。白猫はしゃべる。ここはそれで納得してくれ。後のことは、順を追って説明しよう」
ルルーシェ様が、説明してくれるようだ。白猫のことは誤魔化した。ルルーシェ様はララが女神様だと知っていそうだ。
「まず、事の発端は政変にまでさかのぼる。ルールがブラットフォードを愛し子にしたことによって終息していたと思っていたが、どうやら第二王子派は諦めていなかったようだ。新年の行事にまぎれて、第二王子ユリウスが離宮から逃走したらしい。たぶん、今年、隣国からブラットフォードの婚約者が来て、王太子の地盤が固まるのを恐れて、妨害行為を仕掛けてくるかもしれない」
「もしかして、アナ様に何か知らせましたか?」
「ああ、今来られても迷惑だと、手紙に書いた」
「は?説明ではなく?迷惑だと?」
『……馬鹿にゃ。それは酷いのにゃ』
確かにそうだけど、王太子に言っては駄目だと思う。
「焦っていたのだ。このままアナリスが来てしまったら、第二王子派がアナリスを害してしまう。私は愛し子だから害することはほぼ無理だ。アナリスを害して、私の責任問題にしてしまい、廃嫡を狙うかもしれない。そんなことにアナリスを巻き込みたくなかった。素直に説明しても、あの子は正義感の強い子だ。きっと私を心配して、止めても来ると思ったんだ。結局、来てしまったが……」
さすが、ずっと文通をしていただけあって、ブラッドフォード王太子殿下はアナ様のことをよく理解しているようだ。
「まあ、そこでだ。来てしまったものを追い返すわけにもいかないと思ってな。丁度いいことにラーラ、いや、白猫が来ていた。アナリスをお気に入りにしておけば、とりあえず害される心配はなくなるだろ?」
『……それはそうにゃ。でも根本的に解決してないにゃ』
「まあ、とりあえずだ。そこからは今から考える。あと、間が悪いことに、女神の愛し子のマリアローズがいる。神の愛し子と同等の娘だ。第二王子派が狙ってきてもおかしくない。こちらも気をつけるが、用心しておいてほしい」
「来たら、吹っ飛ばしていいってことだよな?」
アロ様が、少し不穏な空気になっているが、大丈夫かな?間違いなく、吹っ飛ばすだろう。
「殺さない程度で頼む。一応身内だ」
ブラッドフォード王太子殿下が、少し焦って止めていた。いや、死ななければ吹っ飛ばしていいって言っているのか……
「あの、ブラッドフォード王太子殿下。アナリス殿下は、ここに来るまでずっと元気がありませんでした。早く誤解を解いて欲しいのです」
「ああ、そうするよ。マリアローズ嬢。そうだ、私のことはブラッドと呼んでくれ」
「わかりました、ブラッド様。私のことはマリアとお呼び下さい」
「マリア嬢。アロイス殿下。我が国のことで迷惑をかけてすまないが、協力をお願いしていいだろうか?」
「勿論です、ブラットフォード殿下。妹が嫁ぐ国です。将来の憂いは早めに潰してしまいましょう。協力は惜しみませんよ」
「感謝する。よろしく頼みます」
夕食の時に現れたアナ様は、とても幸せそうな顔をしていた。きっと、ブラッド様がアナ様に事情を説明したのだろう。小さい頃からブラッド様に恋をしていたアナ様だ。迷惑がられているなんて誤解は、早く解いてもらいたかったので良かった。
白猫ララは、テーブルでチョコレートケーキを美味しそうに食べている。食事を一緒にとっているブラッド様が凝視しているが、ここは気づかないフリをした。