第7話 アロイス殿下は天使です
びっくりして声が出なかった私に、アロイス殿下はにこりと微笑んだ。天使がいる。
それが第一印象だ。肩先でそろえられたサラサラの髪は綺麗な黒髪だ。丸い目はアメジストのような紫色で、頬は薄っすらピンク色だ。なんて可愛い人だろう。
「ごめんね。驚かせてしまったかな?僕はアロイス。君の婚約者だよ」
嬉しそうに私の顔を覗き込む。本当に天使ではないだろうか?何だかいい匂いまでする。領地では、兄と子供たちに混ざって野山を遊びまわっていた。私の知る男の子とは全然違う生き物だった。
「は、初めてお目にかかります。……グラン伯爵の娘…マリアローズと申します」
慌てて立ち上がりたどたどしくカーテシーをする。王宮へやってきて半年経つが殿下とは今が初対面となるのだ。本当は王宮に来た時に婚約者のアロイス殿下にも対面するはずだった。だが、余りにもマナーがなっていないとマナー講師のエラン夫人に反対されてしまったのだ。今なら分かる、エラン夫人は侯爵夫人で王子と同じ年の娘がいた。愛し子なんて個人の努力とは別の次元で娘の可能性を奪ったと恨まれていたのではないかと思う。
「見つかって良かった。皆が君を探していたよ」
その言葉にヒュッと息が漏れた。今日はエラン夫人のマナー講習の日だった。今戻れば待っている夫人にまた、田舎の貴族はこれだからとか、グラン夫人はお子様の育て方に問題が、などと大切な家族を貶める言葉をかけられるのだ。私のせいでまた……心が冷える。目の前が真っ暗だ……そして私は意識を手放した。
「マリアローズ!しっかりして、誰かいないか!!」
遠のく意識の中、殿下の焦った声が聞こえた。ごめんなさい、もう限界です。
重たい瞼をゆっくり上げた。ここがグラン領の自分の部屋であればいいのにと思ったが、やはり王宮にある自分の部屋だ。真っ白い天井にピンク色の天蓋が見えた。豪華で趣味のいい、息苦しい部屋。
「お嬢様、お目覚めですか?」
侍女のマーサが側へやってきた。目が赤い。きっと心配をかけてしまったのだろう。
「ごめんなさい。マーサ、私もう大丈夫だから」
にこりと笑って噓をつく。自分の心を殺すことが素晴らしい淑女なのだろうか。
「いいえ、お嬢様。もう大丈夫でございます!殿下がエラン夫人を追い出して下さいましたよ。それだけではございません。今までお嬢様に必要以上に厳しくなさった講師陣はすべて入れ替えて下さるそうです」
「殿下が皆様を?どうして……」
「お嬢様がお倒れになった時の様子を気にされた殿下が、何故お嬢様が泣いていたのかをお尋ねなさいました。いつもなら私たちグラン領出身の侍女は無視されるのですが、今回は一番初めにお尋ねになってくださったのです。本当にありがたいことでございます。僭越ながら今までの口惜しい出来事をすべてお話しさせていただきました!!もう胸がすく思いがいたしましたよ」
マーサは興奮冷めやらぬ勢いでまくし立てた。
もしかして、私はまだ夢を見ているのだろうか。