第78話 ユリゲーラ国へ着きました
「マリア、帰りに寄ってくれるのだろう?その時にゆっくり話そう。殿下と仲がよさそうで安心したよ。気をつけて行っておいで」
「ありがとう、父様。行ってきます」
「ミリア、半年間王女様によくお仕えしてね。体には気をつけて、帰りを待っていますよ」
「はい、お義母様、行ってまいります」
あっという間の再会を得て、私たちは5日後、ユリゲーラ国へ到着した。
ユリゲーラ国はユリの花を国花としている、男神ルール様が守護する国だ。ルール様には黒いモヤの一件で大変お世話になっている。もしも、会えればお礼を述べたい。
あ、そういえば、何故か途中から魔術師ルルーシェ様が同行しているのだ。それも、ふらりと国境を越える前にやって来たのだ。どこから来たのか、本当に不思議な美少年だ。アロ様も少し警戒しているようだ。
私は、この10日間、アナ様の様子が気になっていた。いつも通り振舞っているつもりのようだが、時折ふっと暗い表情を見せるのだ。ミリア義姉様も、ここ最近元気がないと気にしていた。去年は、ユリゲーラに行くことを楽しみにしていると言っていた。今年に入って、ユリゲーラの王太子殿下から手紙が来たと言っていたが、そのあたりから元気がなくなったようだ。
「ようこそおいで下さいました。アロイス王太子殿下、アナリス王女殿下。マリアローズ様。わたくし、ユリゲーラの宰相をさせていただいております、テセウス・マゼンタと申します。そして、これからお世話をさせていただきます、こちら我妻のナタリーです」
「ようこそ、ユリゲーラ国へ。王女殿下のお世話をさせていただきます、侍女頭のナタリーです。よろしくお願いいたします」
「あの、宰相様は確かマゼンタ侯爵ですよね、ナタリー侯爵夫人が、わたくしのお世話をされるのですか?」
「ええ、息子たちも独立いたしましたので、古巣の王宮にお仕えすることにしました。もともと、わたくしは王妃様の侍女をしておりましたから。経験者なのです」
「そうですか、よろしくお願いしますわ。ナタリー夫人」
「はい、アナリス王女殿下。何でもわたくしにご相談くださいませ」
「それでは、謁見の間へご案内いたします。陛下とブラットフォード王太子殿下がお会いしたいとお待ちです」
ルール様の愛し子であるブラットフォード・ユリゲーラ王太子は、アナ様の5歳年上の20歳だ。金色の髪に、サファイアのような青い目を待つ美青年。アナ様から、毎年贈られる絵姿を見せてもらっていたので、なんだか初対面な気がしない。
王太子とは、アナ様が4歳の時に初めて会い婚約を結んだ。そのあとすぐに、ユリゲーラで政変があったので会えていなかったのだと言っていた。ちょうど、アナリス様とブラットフォード様の婚約が調ったあと、ブラットフォード様のおじい様、つまり前ユリゲーラ国王陛下が崩御してしまったのだ。
王家に王子は2人いた。ブラットフォード様の父、第一王子のランドール様。そして異母兄弟の第二王子ユリウス様だ。当時、王太子はランドール様だったが、第二王子の母の生家が異を唱え、政変を起こしたのだ。ランドール様の母の生家は男爵家で、ユリウス様の母の生家は侯爵家だった。血筋を理由に、正当な王太子は第二王子だと言い出したのだ。
この争いは平行線のまま5年も続いたが、その後あっけなく終止符がうたれる。理由は、第一王子のランドール様の息子、ブラッドフォード様が神の愛し子になったからだ。
それから、第二王子だったユリウス様は離宮へ移り隠居しているらしい。神の愛し子とは、あっさりと政変を終わらせてしまうほど重要なことらしい。王妃教育の一環で学んだが、ちょっと自分の立場が怖くなった瞬間だった。
「ユリゲーラ国王陛下、お初にお目にかかります。ローズウィル国のアナリスでございます。ブラッドフォード王太子殿下、お久しぶりでございます」
堂々と挨拶をするアナ様は、さすが我が国の第一王女様である。美しい王妃様譲りの赤い髪、アロ様と同じ陛下譲りのアメジストの瞳を持つ、美貌の王妃と名高い母似の美少女なのだ。ユリゲーラ国王陛下も、ブラッドフォード王太子殿下も見惚れているようだ。
「おお、よくぞ参られた。長らく面会の機会がなく、残念であった。絵姿で見てはいたが、王妃様によく似ておられる」
「はい、政変以降、こちらに来る機会がなく、お会いできるのを楽しみにしておりました。」
「そうか、会えてうれしいぞ。これからは、ここを自分の住みかとして、ブラッドフォードと共にユリゲーラ国を盛り立てて欲しい」
「はい、早く馴染めるよう、努力させていただきます」
「……」
この会話の間、ブラッドフォード殿下は一言も発していない。どういうことだろう?私たちは歓迎されていない?いや、陛下は歓迎ムードなのだけど……。
「アロイス王太子殿下、マリアローズ様も遠い中、ようこそユリゲーラ国へ。歓迎いたします。滞在中は、ブラッドフォードが案内をつとめる予定です。どうぞ、ユリゲーラを楽しんでいってください」
「心よりの歓迎、感謝申し上げます。父より書簡を預かってきております。お互いの国の益々の発展を祈念しております」
「ああ、是非とも」
固い握手を交わすが、やはりブラッドフォード王太子殿下は動かなかった。何故?