第74話 side王太子アロイス 古狸の思惑に気づく
「殿下、お疲れ様です。後はこちらで処理しておきます」
「ああ、チャールズ、あとは任せた。すまない、今日はマリアと出かける予定なのだ」
「はい、聞いております。神殿にローラ嬢に会いに行かれるのですね」
「ああ、あれから熱心に聖女として活動しているので、マリアが気にしているんだ。自分が言ったことが負担になっていないかと」
「そうですか。そのあたりの記憶が少しぼんやりとしか覚えていなくて、把握できていないのですが、マリア様を含めて、5人目の聖女として活躍されていると聞き及んでいます」
……チャールズも、覚えていないんだよな。本当にルルーシェは何者なんだ?天才だというだけでは、説明できないことをやってのけるのだから……
「そうか、行ってくる」
あれから、学園も平和になった。僕がローラ嬢に誘惑されたという記憶は、王太子が突然聖女になった新入生を気にかけただけだと認識され、魅了によって拗れ、あわや婚約破棄寸前までいっていた何組かの貴族は、元よりそんなことは無かったことになっていた。
かなりの数の貴族が婚約破棄を申し立てていたのだ。このままいけば社交界が大混乱するところだった。助かったとは思った。だが、これほどのことをいとも簡単にやってのけるルルーシェに底知れぬ怖さを感じるのは僕だけだろうか?
その学園を混乱させたローラ嬢も、今は学園に通いながら、聖女として活躍しているようだ。セカンドギフトだった魅了もあれ以来消えてしまったようだ。
若く初々しい聖女ローラは、国民からも人気があり、聖女マリアの人気もあって、今では神殿を支持する声も高まっているらしい……
そこでハッと気がついた。誰が一番得をしたのか?である。
そうだ、初めに突然聖女になった少女の話題を持ってきたのは、ジャコブ大神官殿だった。わざわざ王宮まで、自ら出向いてだ。
彼は、ローラ嬢のセカンドギフトには気づいていなかったと言っていたが、果たして本当にそうだろうか?彼は若くして大神官までのぼりつめた逸材だ。普段、ギフト判定も多くしている人物だった。希少とはいえ、魅了を見逃すだろうか?
セカンドギフト自体は、本来珍しいものではない。2つ持って生まれたとしても、15歳くらいまでに主のギフトに吸収され消えてしまうことが多いため、それほど気にされないのだ。
ローラ嬢の場合、ギフトが15歳で発現した珍しい例でもあり、セカンドギフトもその時点で持っていた。神殿からすれば、聖女は欲しいが魅了は厄介だったのだろう。だから、今まで活動する機会があったのに、聖女の教育のみをさせていたのではないだろうか?
ジャコブ大神官は、僕たちにローラ嬢の存在を気づかせるために、わざわざ入学前に情報を持ってきたのではないだろうか。このような結果までは想定していないにしても、学園で起こる魅了事件は解決されるだろう、と考えていてもおかしくない。実際僕たちはもめ事が起こるたび、仲裁に行っていたのだから。
そして今や、聖女ローラは神殿の代表的な象徴として、女神の愛し子と共に人気があるという。無事に魅了も消失した、神殿としては、都合がいいことばかりだ。
一度思いつけば、すべて辻褄が合う気がした。考えれば考えるほどに……
また僕は、古狸に出し抜かれたのか?
手のひらで踊らされていた自分を想像してしまい、少し魔力がもれた。間が悪いことに、廊下を歩く文官が凍った床に足をとられてしまった。
「くそっ」
急いで、床の氷を溶かしながら、自分を落ち着かせた。どのみち、ジャコブ大神官に問い質したところでとぼけられるだけだ。
学園卒業まであと一年と少し。僕たちが結婚して、聖女マリアの正体が、女神の愛し子のマリアローズだと国民は知ることになるだろう。
それまでに、古狸に勝てる力が得られるだろうか……神殿から絶対にマリアを守りたい。
僕は、まだ力が足りないようだ。さらに努力しなければ……
思わず、高笑いするジャコブ大神官を想像してしまい、また王宮の床を凍らせてしまった。