第72話 聖女ローラとして生きてください
「マリア、ローラ嬢が危ない、来てくれ!」
髪の色が濃い茶色に戻ったローラ様が、殿下の前に倒れていた。もともと、死ぬ間際に黒いモヤが体の中に入って命をつないでいたのだ。それが出てしまった彼女は死んでしまう。今は加護のペンダントによって辛うじて命をつないでいる状態だ。
ここまでは想定の範囲だ。死ぬ間際にのっとられたとルルーシェ様が仮説を立て、黒いモヤをはじき出す役割と、命をつなぐ役割で加護のペンダントを着けたのだ。
そして、ここからはある意味賭けである。私はローラ様の横に跪くと、手を取り祈った。そう、毎回言うがおまじないである。
目の前にララがいるのだから、そちらの方が手っ取り早いと思うのだが、ララ曰く、純粋な愛し子の願いが奇跡を起こすのだそうだ。つまり、頑張れ私、ということだ。
「ローラ様、しっかりしてください。このまま死んでは駄目です」
「……マリア様、……ごめんなさい。私……が、アロイス殿下を…望んではいけないことを……望んだから…」
「いいのです、人が人を好きになるのに、駄目だとか、そんな事ないです。心は自由です。でも、ごめんなさい。アロ様はあげられません。でも…死なないで」
私は必死で祈った。この子が死んでしまっていいわけがない。だって、何も悪いことなんてしていない。
「でも、私……迷惑を沢山かけて……だから……」
「それなら、これから聖女として、迷惑をかけた分、人に返してあげてください。大丈夫です、生きていれば何とかなります。だから、死なないで!」
どれくらい祈ったか分からない。気がついたら、ローラ様の呼吸は安定して、顔色も良くなっていた。どうやら峠は越えたようだ。
私がひたすら祈っている間に、ルルーシェ様が術を使って、会場にいた沢山の人たちを帰したらしい。今夜のことを誰も覚えていないようだ。
よかった、白猫はしゃべるし、黒いモヤは出るし、殿下は剣を握って断罪だとご乱心するし……。ある意味、国の未来が危ぶまれる事態だった。すっきり忘れていただきたい。
ただ、神のお気に入りのシャルくん、当事者のローラ様、アロ様は覚えているようだ。もちろん私もだ。
「よかった、覚えていられて。こんなに堂々とマリアを口説けたのに、忘れるなんて嫌だ」
「いや、今すぐ忘れろ!!演技とはいえ、公子がマリアと仲睦まじくダンスを……くぅ」
「ねぇ、ララ。大丈夫なの?しっぽの先が黒くなっているけど……」
『う~ん、大丈夫にゃ。ワンポイントで可愛いのにゃ』
「それならいいけど」
『たぶんにゃけど、黒いモヤがローラの中にいる間に、ローラの癒しの力が働いて、ある程度邪悪な部分が浄化されていたみたいにゃ。だから、覚悟していたほどの抵抗を感じることなく、同化できたのにゃ』
「覚悟?」
『黒いモヤを生み出した責任にゃ。もし、のっとられていたらルールに封印を頼んでいたのにゃ。ローズウィル国は、ルールに兼任してもらうつもりだったにゃ』
「ララ、それは……」
『まぁ、何とかなって本当によかったのにゃ~100年単位で封印されたら、もうマリアに会えなかったのにゃ~。マリアの幸せを見届ける義務が私にはあるのにゃ』
「……義務って、そんな大げさな……」
ローラ様はルルーシェ様が送っていくそうだ。アシュレイ男爵家の皆さんにも、暗示をかけておくそうだ。髪の色も元に戻り、いろいろと記憶を合わせる必要があるそうだ。
「マリア様、助けてくださり、ありがとうございます。これからは聖女として、この受けた恩を返していきたいと思います。そして、自分のしたいことを学園で見つけたいです」
「そうです。自分の人生なのです。元気になったのですから、大切に生きてください」
「ローラ嬢、こちらの都合で、黒いモヤの騒ぎに巻き込んでしまい、すまなかった」
「いえ、殿下。本来なら黒いモヤがなければ、とっくに死んでいたのです。これは、私にはなくてはならない事だったのだと思います。私の方こそ、殿下に迷惑をおかけしてしまい申し訳ございませんでした。……小さい頃から殿下の絵姿を見ていたので、きっと憧れていたのです。お許しください」
「ああ、そうか……」
そう言って、ローラ様は去っていった。後のことはルルーシェ様がうまくやってくれるだろうと、白猫が言っていた。冷静に考えると、ララとルルーシェ様の関係性がよくわからないのだが、まあ、いいか。
兎に角、長いような短かったような舞踏会の夜は終わったのだ。