第62話 新入生に聖女様がいるようです
ローズウェル学園は、前期、後期の2学期制だ。長い夏の休暇を挟んで後期が始まり、冬の長い休暇が終わると、新学期が始まる。
「それで、ジャコブ大神官様がわざわざ王宮に来られたのは、どの様な用件だったのですか?まさか、また女神の愛し子を神殿に、とかではないですよね?」
「ああ大丈夫だよ、マリア。今は、マリアが聖女として活動しているから、神殿も変に口出ししてこない。それは、いいんだけど、ちょっと気になる話題を持ってこられた」
「気になる話題ですか?」
「ああ、次の新入生に、新たに認定された聖女がいるらしい」
「聖女様ですか?」
「ああ、珍しい例なのだけど、途中から癒しのギフトを発現させたらしい。そして、いきなり最上級の聖女になったと、ジャコブ大神官殿は言っていた。以前は体が弱く、外出もできなかったそうだ。それが、いきなり元気になって、聖女になったと……。どう思う?ララ」
『……ないとは言えないにゃ。体が弱すぎてギフトが発現しないこともあるのにゃ。急に元気になった、というのは気になるのにゃ、ただ腕のいい治癒魔法師がいれば可能だにゃ』
「なるほどな、そんなに警戒しなくていいのか」
『そこは警戒するのにゃ、ずっと平和なんてあり得ないのにゃ。嫌な予感はするのにゃ』
そして、私たちは2年生になった。新入生として、噂の聖女様も入学してきた。
彼女は、ローラ・アシュレイ男爵令嬢。父は王宮に文官として出仕している。領地を持たない男爵で、いくつか事業をしているようだが、あまり利益は出ていないようだ。小さい頃から体が弱く、4つ下に弟がいるようだ。治療代を奥様の実家に借りているという噂もある。と、リリアーナが言っていた。リリーは貴族の情報に精通しているのか、よく情報をくれる。
リリーも言っていたが、小さい頃から治癒魔法師にかかっていたそうだが、なかなか良くならなかった、それが急に元気になるものなのか?
考えながら歩いていると、突然少女が近づいてきた。
「あ、あの、マリアローズ様ですよね?あの、私、あなたに憧れておりまして、突然声をかけてしまって申し訳ありません」
「あ、あなたは……」
「アシュレイ男爵家のローラと申します」
豊かな黒髪が腰までのび、ペリドット色の大きな瞳、小動物のような庇護欲をそそる佇まい。なんて可憐な少女だろう。この子が噂の聖女様。
「グラン伯爵家のマリアローズと申します。はじめまして」
「あ、はい、はじめまして。あの、その、実は最近聖女になりました。それで、神殿に通うことになったのですが、不安で、あの、マリアローズ様は小さい頃から神殿に行かれていたと思うので、何か助言いただけたらと思いまして……あ、すみません。ご迷惑ですよね」
ローラ嬢は真っ赤になって狼狽えていた。なんて、可愛い子だろう。
「いえ、大丈夫ですよ。私が言えることは少ないとは思うのですが、それでよければ」
「ありがとうございます。あ、わ、私のことはローラとお呼びください。あの、今更なのですが、マリアローズ様とお呼びしてもいいですか?」
「ええ、ローラ様、私はマリアでかまいませんわ」
「あ、ありがとうございます!マリア様」
チラリとアロイス殿下の方を見たような気がしたが、そのままローラは去っていった。
「今のが、聖女なのか?警戒するには可愛すぎるのだが……」
殿下の言葉にドキリとする。殿下の口から、可愛いという言葉が私以外に出るのを初めて聞いたからだ。確かに彼女は庇護欲を刺激する。可愛い、は正当な評価なのだが……。
『え、アロイスがマリア以外に可愛いを使ったにゃ⁈それは変にゃ!!』
「やっぱり?私の嫉妬じゃないよね。おかしいよね?でもね、すごくいい子そうだったのよ。悪意なんてなくて、まさに聖女様なんだよね」
『第二のリリアーナにならにゃいといいにゃ~。いい子でも急に悪役令嬢になるのにゃ』
「そうだよね。でも、操られてはいないと思うの。普通に綺麗な瞳だったの」
『そうなのにゃ?兎に角気を付けるのにゃ!アロイスが可愛いなんて、それは絶対おかしいのにゃ~』
次の日、アロイス殿下と一緒に登校すると、学園の雰囲気が険悪になっていた。
「おはようございます。リリー。何かありましたか?なんだかザワザワとしている気がするのですが……」
「おはようございます。マリア。実は、例の聖女様が婚約者のいる男性に言い寄られていて、相手の婚約者が取り乱したのです。突然のことで、皆様遠巻きに見ていることしかできなくて……」
「え、それでローラ様は……」
「あちらに……あら、」
「やめないか。アシュレイ男爵令嬢が怯えている。君には婚約者がいるのだろう」
振り向くと、アロイス殿下がローラ様を自分の背後に隠し、男性に対峙していた。行動としては間違っていない。怯える令嬢を無視するのはいけない。助けてくれて良かったはずなのに。ローラ様は震えながら、殿下の背に縋り付いていた。ズキンと胸が痛む。
「あれは、露骨ですわ」
リリーの声で我に返った。