第57話 マリアローズと半神ラーラ ①
急に眠気に襲われた私は、次に気がつくとふわふわした何かになっていた??
どうやら、誰かの心を見ている?見せられているようだ。
そこには、女神ラーラ様が二人いた。
「はい、これで半神になれたわ。あとのことはよろしくね。私の半神」
「は?何、どうするつもり⁈ この国の守護はどうするのよ⁈」
「だから、そのためにあなたを置いていくのよ。私、この世界に飽きてしまって、時空を越えて異世界に行こうと決めたのよ」
あはは、と軽く笑われて、目の前が黒く染まる。
元々、女神ラーラは明るく何にでも好奇心を向ける、自由な女神だった。そして、どこかそそっかしい性格で、同じ時に誕生した双子神の男神ルールに事あるごとに助けられていた。それが、今回の暴挙だ。自分の核となる魂を半分にして、ほかの世界に行くだなんて。
「そんな勝手なこと」
「あら、ちゃんと神の力は、ほとんどあなたに置いていくのよ。私は人間に転生するから何も必要ないし。あなたでもちゃんと守護できるわよ」
「そういう事じゃなくて、……」
「大丈夫、大丈夫だよ。じゃあもう行くね~」
ラーラは、サッと時空を開いて逃げるように行ってしまった。この平和すぎる世界からまさに逃げたのだ。どうやら半神になる時に、性格まで半分とはならず、本来の明るく自由な部分はあっちの半神になったようだ。
はぁ~長く息を吐きだした。そして、先ほど時空が開いた場所にポツリと言った。
「私だって退屈だったのよ」
この国は平和だ。はるか昔、長く続いた戦争で、この世界は人が住めない環境になった。
その時の深い後悔を胸に人々は神殿に平和の感謝を奉げるのだ。そうして、神の時をもってしても長いと感じる平和な世が続いた。時折神は、愛し子を見つけ加護を与え、その子を見守りながら退屈を紛らわせた。それでも、その子は100年もたたずにいなくなる。人間の人生は短いのだ。大切に見守った愛し子を失うのは悲しかった。うっかり雨を降らせすぎて災害が起こるほどに。だから、最近は愛し子を見つけていなかった。
最近の私の楽しみは、森に遊びに行くことだ。
退屈を紛らわせるため、水鏡に映った人間の世界をぼんやり眺めていた時に、ある男に目が惹きつけられた。若い男だった。王宮にいる、きっとこの国の王子だろう。男は時折お忍びで王宮を抜け出し、近くの森や街に行く。……何故かこの男に惹かれる。
私は思い切って、人間の姿になり男に会いに行ってみたのだ。美しい男だった。鍛え上げられた肉体を持ち、とても魅力を感じる顔をしていた。村娘に化けた私にも気さくに声をかけてくれる。会う度に胸が高鳴った。
そうだ、自分の半神はあんなに身勝手に好きなことをしているのだ。私だって、自分の好きになった男と結ばれてもいいはずだ。それに、きっとアラン王子も私のことを好きになってくれるはずだ。だって私は、この国の女神なのだから。
毎日水鏡をのぞき込み、アラン王子がお忍びにやって来る度に人間に化けて会いに行った。そんなある日、王子は馬車で2日ほどかかる、美しい湖に行くのだ、という話を水鏡越しに聞いた。急いで人間に化け、その湖の畔の木陰に隠れた。今日こそ想いを伝えようと思ったのだ。
そんな私の想いはすぐに裏切られた。アラン王子は美しい娘を連れて現れたのだ。アラン王子は湖の畔に娘をエスコートし、その前に跪いた。木陰に隠れて見ている私は、何が起こっているかわかってなかった。
そして、アラン王子は照れくさそうに微笑んで、娘の手をとり愛の言葉を告げたのだ。
「カーラ。いえ、カロライン・テレス嬢。この私と生涯を共に生きてくれないか。あなたを愛している」
娘は歓喜し、涙を流しながらアラン王子に抱きついた。どうして?何が起こっているの?
「はい、アラン様。わたくしもあなたと共に生きたいです」
アラン王子は、ゆっくりと娘に口づけた。素晴らしい光景だ。
ここまでくれば、いくら人間に疎い神でも何が起こったか理解した。そう、分かったが胸の中にどす黒いモヤが広がった。あれは私が望んだものだ。
頭では、人間同士、恋人なのだ、愛し合っているのだ。とわかるのに、何かが私に囁く。そんなものは関係ない、私は神なのだから。奪ってしまえ、操ったら自分のモノになる。そうしたらいい。心が黒く染まる。そんなことをしたら神であっても闇堕ちし、神として存在できなくなる。わかっている。でも、心は落ち着いてはくれなかった。
きっと半神になってしまった自分は、不安定だったのだ。
次の日、アラン王子に会った時には迷いは消えていた。
「アラン王子、こんにちは」
「あれ、君は確かララ、王宮の近くの森でよく会うけど、こんなところにどうして……」
王子に目を合わせると、幻術をかけた。
「アラン王子はララが好き。愛しているのはララですよね?」
虚ろな目の王子がゆっくり頷いた。
「……ララを、愛している……」
そうだこれでいい。これで私は一人じゃない。