第55話 幽霊は女神様?
「まあ、湖でボートに乗ったのですね。恋人同士が乗ると幸せになれると、人気なのですよ。今日のメインの魚料理は、あの湖で捕れた魚だったんです」
「そうだったのですね。とっても美味しかったです」
「でも、最近妙な噂が流れて、例年より観光される方が減っていると聞いていて」
「妙な噂?」
「ええ、黒い女神様が湖を歩いている、という噂です」
『にゃ?』
「黒いのですか?女神様が?」
「ええ、幽霊だという方もいますし、女神様だという方もいて、地元の領民まで怖がってあまり近寄らないようになってしまって、魚を捕る漁師もなかなか行きたがらないので、魚も入手しずらいとシェフがこぼしていましたの」
「幽霊ですか?とても綺麗な湖でしたが、いつ出るのですか?やはり夜?」
「いえ、夜だと暗いので、黒い女神様は見えないと思うのです。領民がいうには、雨が降っている時だとか。昼間薄暗い湖面にモヤの様に立ちのぼり彷徨っているそうです」
「それは、ちょっと怖いですね。雨の日は近づかないようにしないと」
「マリア、怖いなら今晩はずっと一緒に……」
『にゃ~~~』
「大丈夫です。ララが一緒に寝てくれます」
「そうか……」
夕食を終え、食後のお茶をしている時に黒い女神様の噂話を聞いた。昼間に見た美しい湖から、そんな怖そうなものが出て、彷徨っている姿はさぞ恐ろしいものだろう。地元の領民まで近づかないのでは、夏の休暇中の観光業は困っているだろう。そう聞くと、
「そうでもないのです。元々、わが領は田畑で野菜を栽培したり、リンゴなどの果物の産地でして、領民はそちらが主になっています。陛下がプロポーズされた場所だと知られるようになってから、湖を見に来る貴族が増えただけなのです。観光していただけるのはありがたいことですが、のんびり休暇を過ごすには、少し騒がしいときがあるのですわ」
「そうですか、それなら大丈夫ですね」
「ええ、黒い女神様は彷徨っているだけで、特に被害にあったと報告はないので、その内領民も慣れてくるかもしれません」
そして、部屋に戻ってくると、ララが言ったのだ。
『明日、昼に雨を降らすにゃ』
「ええ、まさか黒い女神様を見に行くとか……」
『そのまさかにゃ。さっき湖を見て、ルールが言っていたことを思い出したにゃ。この地は、黒いモヤの始まりの地にゃ』
「黒いモヤの始まりの地?何か見当がついているような言い方ね。ずっとララは自分のせいかもしれないと言っていたけど」
『そうにゃ、私のせいで黒いモヤは生まれたにゃ。それをどうすればいいのか、今も神々で意見が分かれているのにゃ。なかなか居場所がつかめないのにゃ~、会えるなら会ってみたいにゃ。そうしたら、解決策も思いつくかもしれないのにゃ~』
「もしかして、私も行くとか……言わないよね?幽霊は…」
『言うのにゃ。一緒に行くのにゃ~』
「え~~~」
次の日、昼食をとると、殿下はロイド様とチャールズ様を連れて、果樹園を視察に出かけた。殿下は私も一緒にと誘ってくれたが、少し体調がすぐれないというとそのままベッドに運ばれてしまった。
「ゆっくり休んでいてね。お土産を持って帰るから」
「はい…ごめんなさい」
「なぜ謝るの?行ってくるね」
そっと、額にキスをしてくれる。嘘をついてしまった。ララのせいで。
「もう、ララったら本当に大丈夫なの?リリーやマーサたちにも内緒で抜け出すなんて」
『ついてこられるのは困るにゃん。マリアとアロイス以外の前では、しゃべれないにゃん』
「それはそうだけど…本当に怖くない?」
『雨を降らせて、様子を見るだけにゃ~すぐ戻るつもりにゃ~。多分大丈夫にゃ~』
白猫ララは、可愛い手を空にかざした。すると湖の周りに雨雲がどんどん広がっていく。そして、ポツリポツリと雨が降り出した。こういう光景を見ると、ララは女神様なのだと実感する。普段はゆるっとした、ただの白猫だ。
「あ……」
しばらく眺めていると、静かだった湖面にゆらっと黒いモヤが立ちのぼっていった。そして、そのモヤは女神様のような形を作り出した。
『あれは、私にゃん?』
「そうなのかな?全体に真っ黒で顔も何も分からないよ。……」
ララとコソコソ話していると、突然黒いモヤはこちらを見たような気がした。
『リリアーナが操られたのも、もしかしたら領地に戻って来たときに何かあったのかもしれないにゃ~』
「あ、あの、ララ、嫌な予感がするんだけど!!黒いのがこっち見てる!」
『なんにゃ?』
黒いモヤが突然私を覆った。そして、私は急に眠気に襲われてその場に倒れたのだ。
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