第54話 ホワイト伯爵領に遊びに行きます
ホワイト伯爵領は、王都から北へ、馬車で2日ほどかかる場所に位置している。森林が多く、美しい湖があることから、貴族や富裕層の夏の避暑地として人気がある。当初は厳重な警備、護衛もかなりの数が用意されていたが、加護のペンダントの存在を知った殿下が、極力動きやすい数に縮小したので、移動も前回の旅よりも楽だと聞いた。
お忍びの旅、とはいかないまでも、王族ではなく一般貴族の避暑旅行として向かうことが出来たのは幸いだった。向かう途中の町や村でも、ふらりと立ち寄り観光することが出来て、退屈することが無かったのだ。リリアーナは先に領地に帰っているので、殿下と私、ロイド様チャールズ様と護衛3名と侍女2名という身軽さだ。
向こうでは、ホワイト伯爵家に滞在予定だ。大人数はさすがに迷惑だな、と思っていたので本当に良かった。
「ホワイト伯爵領は実は陛下と王妃の思い出の場所でもあるのだと、出発する前に聞かされたよ」
「思い出ですか?」
「ああ、王太子であった頃の父が、公爵令嬢の母にプロポーズした場所らしい。お互い避暑地で待ち合わせをして、デートしていたらしい。陛下はお忍びでどこにでも出かけるのが好きな方だしな」
「まあ、素敵ですね。では、湖でプロポーズされたのでしょうか?リリーが湖でプロポーズする方が多いと言っていたのです。もしかしたら、陛下と王妃様のエピソードにあやかりたい方たちが、真似されているのでは?」
「ああ、そうかもしれないな。今でも仲睦まじいことで知られているからね」
「まあ、素敵ですね。お互いをずっと一途になんて」
「いや、たまに母が父をからかうことがあって、一途だと父が言う度に、あら、一度浮気されました、悪い魔女に誑かされていたではありませんか?って言うんだ」
「魔女?ですか??童話に出てくるような?」
「さあ、そこまで詳しくは聞いてないけど、何やらその湖であったようだよ」
「幽霊とかは苦手なんです。魔女は怖いのでしょうか?」
「そうか、幽霊か。大丈夫だよ、何が来たって守るから」
白猫ララがチラリと私を見た。
「どうしたの?」
『う~ん、何か忘れている気がするのにゃ』
「忘れている?大事なことなの?」
『何かルールが言っていたにゃ~なんだったかにゃ~』
馬車がゴトン、と停まった。
「殿下、ホワイト伯爵邸に着きました」
「王太子殿下、マリアローズ様ようこそお越しくださいました」
「ホワイト伯爵、今回は無理を言ってすまなかった。しばらく世話になる」
「いえ、娘の学友の皆様、それに婚約者殿でございます。心より歓迎いたします」
「ああ、感謝する。あくまで学友が訪問しただけだ」
「殿下、マリア、ロイド様、チャールズ様。ようこそお越しくださいました。私がお部屋までご案内いたします」
「リリー、ごきげんよう。ご招待ありがとうございます。お世話になります」
「マリア、久しぶりですわ。後でゆっくりお話しいたしましょう。まずはお部屋に」
ホワイト伯爵邸は、古城を改築して住んでいるそうで、森林を背景にとても素敵な白亜の御殿だった。歩いて行ける距離に、有名な湖があるそうなので、あとで行ってみたい。
「ララも一緒のお部屋でいいのかしら?」
「はい、いつも一緒なので」
「皆さま、同じ2階にお部屋をご用意しております。マリアの隣に侍女二人の部屋もついています。護衛の皆様は2階に一室、1階に1室ですわ。ゆっくり休んでいてください。今夜はうちのシェフが腕を振るうと張り切っております。後ほどお迎えをよこしますわ」
そう言って、リリアーナはチャールズ様と下の階に降りて行った。久しぶりに会えたのだ、積もる話もあるだろう。邪魔してはダメね。
「殿下、私着替えたら近くにある湖へ行ってみたいのですが、護衛の方に」
「僕が一緒に行くから、二人だけで行こう」
「ねえ、マリア。確か二人きりだと……」
『私は猫にゃ。二人きり、と一匹にゃ』
着替えをすませて出かけようとしたら、ララが腕の中に飛び乗ってきたのだ。気になることがあるから一緒に行くそうだ。殿下がララを睨んでいるような気もするが、ついて来てしまったものは仕方ない。
「まあ、綺麗な湖……」
午後の日差しを受けて、湖面がキラキラ輝いている。透明度も高く、魚が泳いでいるのが見える。向こうのほうでボートに乗る人が見えるので、どこかで貸し出しているのだろう。
「ボートに乗りたいかい?」
「あ、少し気になりました」
「そう、じゃあ乗ろうよ。二人きりで」
『はぁ~、ボート気持ちいいのにゃ~。快適快適にゃん』
「くぅ、またしても邪魔を……」