第41話 雨降って地固まったようです
「……あ、殿下……」
夕日の眩しさに意識が浮上した。目を開けると、心配そうにのぞき込んでいる殿下と目が合った。
「大丈夫かい?気分はどう?なかなか起きなくて心配したよ」
ああ、そうか。あれからすぐ医務室で、精神を安定させるという激苦薬草茶を差し出され、飲んだ直後に眠気におそわれて寝てしまったのだ。それにしても、ここの先生の出す薬草茶は、どうしてこんなに苦いのだろう。まだ口の中が少し苦い。
「はい、大丈夫です。ご心配をおかけしました。……あの、私……」
「ごめん!マリア。僕が君に冷たい態度をとったせいで、君に辛い思いをさせてしまった。生徒が余計なことを噂したり、君に直接手を出そうとしたのも、きっと僕の心が君から離れてしまったと、」
ずきりと胸が軋んだ。心が離れる、殿下に嫌われる?それは私にとっては死刑宣告と同じに思えた。ぼろぼろと涙が溢れた。殿下が焦って私を抱きしめた…
「ち、違うよ、マリア。僕の心は君のものだ。決して離れたりしない」
「殿下……」
「そのように、生徒が誤解するような態度をとってしまった。ということだよ。僕のつまらない嫉妬が君を傷つけてしまった。本当にすまなかった」
「あの、もしかして馬車で黙ってしまったことを誤解されていますか?あの時私がすぐに言えなかったのは、殿下のことを考えていたのが恥ずかしくて…」
「僕のことを?」
「はい、ずっと私は殿下を身近に感じて、この気持ちに名前を付けずに暮らしていました。それで、ずっと考えていたのです。私が殿下をどう思っているのかを」
「考えて……それでその気持ちに名前はついたのかい……」
私はコクリと頷いた。
実は、私が薬草茶を飲んで、寝ている時に女神ラーラ様が夢の中に出てきたのだ。
ラーラ様は、とても怒っていて、開口一番こう言った。
「ねえ~、アロイスに雷を落として~、それで無かったことにして~、ハリス公子とハッピーエンドにしな~い?あんな馬鹿王子やめちゃいなさい!!」
「あ、あのラーラ様。私はその、殿下のことを……」
どう思っている?そこが分からなかったら、前に進めない気がする。
「やっぱりまだ気持ちが分からないのよね~?本当は、自分で気付くものだけど、仕方ないか~あなた誰とも恋愛したことないでしょ~?前世も含めて」
「あ、え、なんで知って……」
「まあ、女神ですから~。ゲームのアロイス推しと、現実のアロイスをどう思うかは次元が違うしね~。仕方ないからヒントねぇ」
「ヒント……」
「そう、想像してみて~、アロイスがマリア以外の女の子と手をつないでいる~。アロイスがその子に愛を囁いているわ~情熱的にキス~……」
なんと、女神ラーラ様は、架空の映像を空間に映した。これは想像じゃない!!グッと現実味を帯びた瞬間、私は自分の気持ちに気づいてしまった。
「だ、だめ!!そんなの想像できない。いやだ。殿下は私の……もの……」
「あら~、それはどういう感情なの~?友達?お兄さん?それとも恋人~?」
「家族に思う親愛じゃない。友達に感じる友情じゃない。恋人に感じる愛情……だわ」
「あら~やだ~残念。マリアはアロイスをどう思っているか~気づいちゃった~?顔が真っ赤よ~ハリス公子の方がアロイスよりはマシよ~ダメかしら~?」
「ごめんなさい。ラーラ様。私アロイス殿下じゃないと嫌みたいです。心がそう言ってる」
「そっかぁ、じゃ~あ、今度アロイスがマリアを泣かせたら~、全力で雷落としてもい~い?跡形も残らないくらい大きいの~」
「駄目です!!それこそ私泣いちゃいますから!!」
「え~ダメなの~。ふ~ん。そんなに好きなんだ~」
フフッと笑って女神ラーラ様は夢から出て行ったのだ。
そして、目が覚めて、今である。
「マリア、その気持ちを教えて」
「わ、私は、アロイス殿下のことが、……好きです」
「好き……それは友達として、それとも愛する人?」
殿下の声が少しかすれている。
「あ、愛する人です……」
そう言った瞬間に抱きしめられていた。ちょっと苦しいくらいだ。
「マリア、僕のマリア。僕も愛している。小さい時からずっと、ずっと好きだったんだ。僕の一方的な気持ちでも仕方ないと思っていた。でも、両想いがこんなに嬉しいなんて。ああ、女神様感謝します」
ドキリとした。その女神様は、先ほどまで、雷を落とすと息巻いていたから。
あれ?顔近いな、とぼんやり考えていたら、殿下の綺麗なアメジスト色の瞳が近づいてきた。あれ、これって……。少し冷たい唇の感触がした。ああ、殿下のまつげ長いな……。
初めてのキスは、薬草茶の苦い味がした……。
殿下は、いきなりキスしたことを謝りながら、照れくさそうに薬草茶って苦いんだね。と言っていた。やっぱり苦いみたいだ。