第35話 side隣国の公子シャルル・ハリス
僕は、シャルル・ハリス。カーネル王国のハリス公爵家の長男として生を受けた。父は現国王の弟で、母と結婚した時に臣下となり以降ハリス公爵を名乗っている。つまり現国王は僕の叔父だ。
僕は産まれた時から、体が弱かった。母も体が弱く、僕が産まれたのも奇跡だと言われていた。小さい時、何度か命の危機があったと聞く。今は重い気管支炎に悩まされて、高名な治癒魔法師に会うために隣国ユリゲーラに向かっていた。
「若様、また昨日も咳がひどくて、行くまでに死なないかとひやひやするよ」
「ああ、なんで若様一人しか跡取りがいないんだろうな。もっと元気なお子様だったら良かったのに」
馬車の外で、従者たちが会話しているのが聞こえてきた。僕が馬車の中で寝ていると思っているのか?聞かれても所詮体の弱い5歳の子供だから、理解できないと思っているのか?どのみちこの手の陰口には慣れっこで今更動揺もしない。
「奥様がもっと丈夫な方だったら、こんなに弱い子供でなかったのに」
「大恋愛の末にご結婚されたが、子供もまともに産めてないじゃないか」
僕のことは言われても仕方ない、そう諦めていた。でも大好きな母が僕のせいで悪く言われるのは我慢できなかった。
僕はこっそり馬車から抜け出した。従者が焦ればいい、くらいの軽い気持ちだった。ここがどこかもわからないまま、近くの森の中へ入っていったのだ。
「ごほごほっ、ごほ……薬、馬車の中だ……ごほ」
森に入って少しすると、気管支炎の発作がでた。苦しくなって木の下に蹲った。もしかして、このまま死ぬの?誰か助けて……こんなところで死んでしまったら母さまが泣いてしまう。いやだ、誰か……
しばらく苦しんでいると、僕の隣に女の子が来た。誰?僕は声も出せない。女の子が突然ガバリと抱きついてきた。びっくりしたが苦しくて何もできなかった。でも不思議なことに少ししたら呼吸が楽になってきた。ホッとした女の子が周りをキョロキョロしだした。どうやら近くに知り合いがいたみたいだ。
無事、女の子の家に着くと、そこに従者もいた。どうやらここの領主の屋敷だったみたいだ。屋敷の部屋を借り休んでいると、さっきの女の子と兄がやって来た。
僕は急に恥ずかしくなった。さっきまで気づかなかったけど、女の子はすごく可愛かったのだ。迷子になったのも情けなかった。だから女の子に言っちゃダメなことを言ってしまった。
「おい、なんで助けたんだ。余計なことをするな。ばか女」
とっさに出た言葉だった。照れ隠しだった。……あの時の僕を殴りたい。いや、実際女の子はぶん殴ってきた。女の子なのだ、それほどの威力はなかった。でも反射的に殴り返していた。そこからは、取っ組み合いのけんかになり、女の子の両親が止めに入るまで続いた。
けんかが終わって、僕は何だかスッキリしていた。体が弱い僕とけんかなんて誰もしてくれない。取っ組み合いだなんて初めてだった。
お互いにごめんなさいを言い合って仲直りをした。元はと言えば僕が悪い。
女の子の名前はマリアローズといった。なんとこの国の女神の愛し子だった。こんな田舎になんで愛し子が???普通は王宮にいるのでは?そう聞くと
「う~ん。そうだね。私も最近知ったの。もうすぐ王宮に行かないとダメだって…」
寂しそうにマリアは言った。
僕は暫く療養するため、マリアの屋敷に滞在することになった。夜中に咳が出ると、マリアがこっそりベッドにやってきて、ぎゅっと抱きしめてくれる。
「ん~おまじないだよ」
不思議だが、おまじないは良く効いた。そして領地の子供やマリアと遊びまわれるまで回復した。多分ほぼ完治していた。今思えば、あれは女神の愛し子の癒しの力だったのだろう。マリアは無意識に僕を癒していた。そして心まで救われたんだ。
あと二日で隣国に向けて出発するという晩に、マリアは僕のベッドの中で泣いていた。
「マリア、どうした?どこか苦しい?」
「ごめんね。時々不安で泣きたくなるの、家族の前で泣くと悲しませちゃうから。内緒ね」
「え、不安?」
「私6歳になったら王宮に行くの、本当は嫌だけど王様と約束しているから、行かないと。でも本当はずっとここがいいの。いやなのに……」
そういって泣いているマリアを僕は黙って見ているしかない。綺麗な空色の瞳からぼろぼろと涙が溢れる。僕が守ってあげたい。非力な自分が情けなかった。
「じゃあねシャルくん。またどこかで会えたら遊ぼうね。ユリゲーラに行って元気になってね」
「ああ、元気になったら僕のおよめ……いや、うん。また会おうな。お転婆マリア」
「もう、私はしゅくじょっなのよ」
「はは、じゃあな」
本当はお嫁さんになってくれと言いたかった。でも、言えなかった。
無事ユリゲーラに着いた僕は、治癒魔法師にどこも悪くないと言われて愕然とする。
マリアのおまじない最強だろ……